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われここに立つ。
いったいどこに?

今まさに失望の中で声にならないうめきをあげ、心身ともに打ち砕かれた彼女の、その痛みと共に、わたしは立つ。

言葉にできぬ悲痛な思いに今打ちひしがれ、立ちつくしているばかりの親愛なる友人の、その無言の嘆きと共に、わたしは立つ。

われここに立つ。

どんなに倒れ傷ついても、まだ見ぬ明日に自らを賭け、暗闇の中に光る一筋の望みを信じて生きようともがいている彼女
の、その祈りの姿と共に、わたしは立つ。

われここに立つ。

あなたの、人生の悲哀・懊悩と共に、わたしは立つ。

あなたと共に、わたしは立つ。
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- これが、生きるということだったのか。よし!それならば、もう一度!
- フリードリヒ・ニーチェ『ツァラストラかく語りき』より。
もうすでにご存知の方もいらっしゃいますが、このわたしは、三年ほど前から鬱病の診断を受け、必要と思われる(主に投薬)治療を続けてまいりました。
その間、わたし本人はもとより、伴侶や両親・また友人たちに大いに心労をかけつつ支えられながら、病気と壮絶な格闘を繰り返しながらのこれまででした。そのために、昨年は約半年にわたり、仕事を休職せざるを得ませんでした。
そしていまもまた、三週間ほど前から病状が思わしくなく、職場にもお休みをいただいて療養しているところです。
とくに、抑鬱・不眠・悪夢・衝動的に高価な買い物をする・漠然とした不安感などが主な症状であり、先日の土曜日には医師から、今度は鬱病ではなく『双極性障害Ⅱ型の疑い』という診断を受けたばかりです。
職場の上司から、今朝『雇用』の話がありました。わかりますよね。あくまでも可能性ですが、最悪、『雇用を切る』という厳しい言葉を、わたしは突然聞くことになったわけです。
会社側のこの思惑というか考え方、発言は絶対不当です。納得できるわけがありません。
これから、長い闘いになるか、その前に切られるか、のるかそるか、まさに真剣に人生を賭ける日々になると思いますが、わたしは負けません。負けるわけにはいかないのです。
もしかしたら入院加療が必要になるかも知れない中で、非常に苦しい思いを抱いています。まず療養に専念せねば何もできません。
みなさん、このような事態におかれている無力なわたしのために、どうかみなさん、祈ってください。祈り続けてください。ひとりでも多く。お願いします。
愛である神は、必ずみなさんからの尊い祈りを、そしてわたし自身のうめきを聴き届けてくださると、堅く信じています。
わたしにとって大切な読者およびアメンバーのみなさん、ペタをくださっているみなさん、あなたのこれからの人生にも、神からの豊かなお支えと慰め、そして愛と祝福とが注がれますように…。