- ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。- 新約聖書(新共同訳)ローマの信徒への手紙三章二十一節~二十二節より。
『律法』とはつまり『おきて・縄目』と言い換えることができます。『~してはならない』『~しなければならない』というように、旧約の時代、人々を生活全般に渡って縛ってきたものです。また当時、それらのおきてをどれだけ忠実に守れたかが、言わば『信仰のバロメーター』とされていたのです。心身に障害をもつ人やセクシャルマイノリティの人々は律法を守りたくても守りきれないゆえに『汚れた存在』として差別されました。しかし、聖書を最初から最後までよく読むと、じつは聖書自体にはそんな縛りや差別は一言も書かれてはいないのです。ただ、キリストの愛と正しさ(義)を信じることによって、わたしたちはすべて差別なく『神の義』を受け継ぐものとされているのです。感謝です。