『ちょっと来てくれない。』
『どーしたんですか?』 と冷静に答えたものの、
佑香さんに声をかけられて、どきどきしていた。
『ベッドを動かしたいけど重くて動かないの。
部屋に来て手伝って。』
部屋、ベッドと言う単語に、18歳の自分の心臓鼓動が、
さらにまして行くのを覚えている。
18歳で地元の高校を卒業し、
何も考えずに、地元の大手自動車販売会社に就職した。
当時は、バブルの真っ只中で、就職先はいくらでもあったはずなのに、
何で自動車関係に就職したのか、はっきり覚えていない。
ただ入社した会社はとても大きく、
営業所は県下に40店舗ぐらい、従業員は1000人はいたと思う。
周りからは、大きくていい会社に入ったねと言われたものだった。
当然同期入社も多く、100人弱位いたと記憶している。
バブルの時代、結構でたらめに人を採っていたのかも知れない。
後に登場させようと思うが、あほなやつが多かった。
新入社員が多い割りには、地味な入社式だったと思う。
本社でやったが、あまり覚えていない。
ただその後の新入社員研修は、はっきり覚えている。
入社式後、すべての新入社員が、
一週間の泊まりがけで研修をおこなった。
高卒も、専門学校卒も、短大卒も、大卒も
男も、女も、すべて同じだった。
県内の自動車関連の組合の研修施設だった。
当時もう古臭かったが、100人一週間泊まれる
立派な施設だった。
男は大部屋で、まるで病室のような部屋だったが、
女性は、ビジネスホテルのような一人部屋で、
ユニットバスまで付いていた。 (3日目の夜にわかったのだが)
短大、大学卒の人間は少なかったが、
就活で顔見知りなのか、すぐに打ち解けていた。
専門学校卒のやつらも、同じ自動車整備の学校で
一緒だった奴が多いらしく、皆知り合いのようだった。
高卒の奴らは、まだトンガッテル奴ばかりで、
打ち解けるまで時間が掛かりそうだった。
研修は退屈そのものだ。
会社の歴史に始まり、各部門の説明。
営業所の数と場所、商品の説明。
電話の受け方など、どこも同じだと思う。
ただ、午後に運動の時間があり、楽しかった。
今思えばなかなか打ち解けない
新入社員同士のいいコミュニケーションだった。
そんな中、一人の女の人に目を奪われた。
佑香さんだ。
短大卒のようで、都会の匂いのしそうないい女だった。
地元の高校の同級生にはない垢抜けた感じがして、
ちょっと近寄りがたかったが、話をしたくて、
グループ分けのときなど、一緒のグループにならないかと、
ドキドキしていた。
そのときは、意外と早くやってきた。
三日目の運動時間のときだ。
バレーボールをやることになり、同じグループになった。
佑香さんは高校時代バレーをやっていたらしく、
とても上手だった。
4月のまだ寒い時期だったが、
Tシャツ一枚でバレーをする佑香さんのゆれる大きな胸と、
少し汗ばんだ首元に、自分の視線はくぎずけだった。
そこしか見てなかったかも知れない。
他のメンバーは覚えていないぐらいだ。
うれしくて張り切ったが、球技のまったくだめな自分は
いいところを見せるまもなく、運動の時間は終わってしまった。
ところが、そんな自分を見ていた佑香さんが声をかけてきた。
『へたくそだね、あとで教えてあげようか?』
『はい!お願いします』
思わず敬語で答えてしまった自分に、
『何硬くなってんの、同じ新入社員同士じゃん』
と言ってくれた佑香さんのやさしく、かわいい笑顔に
違うところが硬くなりそうだった。
その日の研修が終わった5時過ぎ、
佑香さんに声をかけられた。
バレーを教えてもらえるとばかり思っていた僕の期待を
大きく、裏切るうれしい一言だった。
『ちょっと来てくれない。』
つづく