ヒポグリフォモンとバードラモンは、パートナーのいる屋上から距離をとった。パートナーを攻撃に巻き込むわけにはいかない。
スカルサタモンがヒポグリフォモンに接近して杖を叩きつける。ヒポグリフォモンが辛うじて避けると、杖の当たった道路が盛大に割れた。
「《メテオウィング》!」
バードラモンが上空から炎を落とすが、敵は肉を持たないだけあって、身軽に飛び回っていく。
「俺はお前らより素早さも攻撃力も上なんだよ! その爪一本だって俺には触れられない!」
スカルサタモンが高笑いする。
直後、背後から現れたかぎ爪が彼の胴体をむんずとつかんだ。
敵をつかんだヒポグリフォモンは、体をひねった勢いで敵を地面に叩きつける。その速さに、空気の切れる甲高い音がした。
スカルサタモンを見下ろして、ヒポグリフォモンが淡々と言う。
「この体に慣れるのに時間がかかりましてね。ようやく準備運動が終わりました」
ヒポグリフォモンの速度はスカルサタモンのそれを上回る。その事実に、スカルサタモンは一瞬動揺の表情を見せた。
が、すぐに上空に飛び、杖の先の宝玉を敵に向ける。
「《ネイルボーン》!」
放たれる黄色の光線は、当たれば敵を戦闘不能に追い込む一撃必殺の技。かするだけでも十分に威力を発揮する代物だ。
それを、スカルサタモンは連続で打ち出していく。
ヒポグリフォモンがいくら素早くても、その体格と大きな翼で避けきるのは不可能と思われた。
が、次第に焦りの表情を見せ始めたのはスカルサタモンの方だった。
ヒポグリフォモンは攻撃を食らうどころか、戦いの中でその速度を上げ続けていた。その姿をはっきり視界にとらえることはできず、ただ白い姿が縦横無尽に駆け回っているように見えた。
必死に狙おうとする中で、スカルサタモンが手を滑らせた。
その一瞬をヒポグリフォモンは見逃さなかった。
口内に高温の空気を溜め、敵を目がけて吐きだした。
「《ヒートウェーブ》!」
熱風が、スカルサタモンの体を包む。熱による空気の揺らぎで、その体は絶え間なく揺らいで見えた。骨が高温に溶かされていく。
「《メテオウィング》!」
バードラモンの打ち出した炎がスカルサタモンを地上に叩き落とした。
―――
一方、パートナーの元に向かう大輔。
エアロブイドラモンの姿が間近になったところで、大輔は声を上げた。
「エアロブイドラモン!」
ヴォルフモンが大輔の腰をつかんでぶん投げる。エアロブイドラモンが翼を広げ、大輔を背中で受け止めた。
「大輔、危険だぞ」
パートナーの言葉に、大輔は真剣な表情で前を見据える。
「分かってる。でも、俺も一緒に戦いたいんだ」
「そうか」
簡潔な答えを受け止めて、エアロブイドラモンは頷いた。
エアロブイドラモンが翼をはばたかせ、一気に加速する。翼の先端と鼻先の角が輝き、V字を描く。
「《Vウィングブレード》!」
放たれた光が怪鳥の翼を切り裂く。黒い羽根が舞い、怪鳥がバランスを崩す。
すかさず、アグニモンとフェアリモンが追撃する。
「《サラマンダーブレイク》!」
「《トルナード・ガンバ》!」
二人の回し蹴りで、怪鳥をビルに叩きつける。窓ガラスが割れ、壁面にひびが入った。
怪鳥の動きは鈍くなってきている。強いのは事実だが、数はこっちの方が多い。長期戦になれば、先に消耗するのは敵の方だ。
このままいけば、進化解除させられる。
「よし、もう一回だ!」
「おう!」
大輔の声に、エアロブイドラモンも威勢よく答えて接近する。
翼を広げて、再び《Vウィングブレード》の力をためる。
が、放つ前に怪鳥が首をもたげた。勢いよく羽ばたいて突風を巻き起こした。
広げていた翼にもろに突風を受け、エアロブイドラモンは吹き飛ばされる。
「っ!」
体が上下左右に回転し、大輔は必死にパートナーの背にしがみつく。
体制を立て直した時には、怪鳥から大きく離れていた。
「大丈夫か、大輔!?」
「ああ。それより、あれは」
大輔の視線の先には、奇妙な赤い円があった。ビルの中程から屋上にかけて、斜めに描かれている。
円の淵から二つの黒い壁がせりあがり、半球状にビルを覆っていく。大輔には、ビルを食べようとする黒い口に見えた。
そして、ビルの窓からは助けを求めて身を乗り出すスーツ姿の大人が四人。このままだと黒い半球に飲み込まれる。
エアロブイドラモンがすぐさまビルに向かって飛んだ。
その間にも、アグニモン、ヴォルフモン、フェアリモンが一人ずつ抱えて地上に避難させる。
黒い口はもう半分閉じている。エアロブイドラモンはその隙間から飛び込んだ。
突然やってきた怪獣に、男性は唖然として固まっていた。エアロブイドラモンが手を伸ばすと、おびえて一歩下がる。
「いいからつかまれ!」
大輔の声に、慌ててエアロブイドラモンの手にしがみついてきた。
視界が暗くなる。半球がもうじき閉じる。
「大輔、伏せろ!」
エアロブイドラモンはぎりぎりまで体勢を平たくして、すり抜けた。
直後、半球が閉じる。半球の消失と同時に、半球内のビルも消失した。
エアロブイドラモンが、男性を道路に降ろす。
改めて、大輔は渋谷の街を見回した。大輔達が上空で戦っている下で、大人達の必死の救助作業が行われていた。真昼間の渋谷にいた人は多く、まだ怪我人が大勢いる。
自分達がデジタルワールドではなく人間世界で戦っていることを痛感した。
持久戦に持ち込めば、怪鳥は助けられるかもしれない。でも、周りの人達が戦いに巻き込まれていく。救助活動も遅れていく。犠牲が増えていく。
大輔が迷う間にも、怪鳥が救助隊員目がけ、かぎ爪を振り上げる。
「やめろーっ!」
ヴォルフモンが怪鳥の目に切りつけた。怪鳥が悲鳴を上げ、仰向けに倒れる。
すかさず、ヴォルフモンが怪鳥の胸に乗った。
「――許せ」
光の剣を逆手に握り、怪鳥の口に突き立てようと振り上げる。
「っ! エアロブイドラモン、止めてくれ!」
エアロブイドラモンがヴォルフモンをつかみ、怪鳥から引きはがした。
ヴォルフモンがキッと大輔をにらむ。
「甘ったれるのもいい加減にしろ! こうしなきゃ……あいつが人を殺してしまう」
ヴォルフモンの目には、涙が光っていた。
何とか助けてやりたい気持ちはヴォルフモンも同じだ。
大輔はこぶしを握って答える。
「分かってる。でも、ヴォルフモンにだけは、やらせちゃいけない気がしたんだ」
理由なんかない、ただの直感。でも、どうしてもヴォルフモンの手を汚してはいけないと思った。
怪鳥が起き上がり、再び上空へと飛ぶ。それを見上げながら、大輔は自分のパートナーの背に両手を置いた。
「……エアロブイドラモン、頼む」
全力を出せるように、大輔はエアロブイドラモンの背から降りる。
パートナーが無言で飛び立っていく。その体に、白炎をまとう。
「《ドラゴンインパルス》!」
竜頭の衝撃派が、怪鳥を貫いた。
怪鳥が白炎に包まれながら、地面に墜ちていく。
大輔は奥歯を噛み締めた。それでも、決して目をそらさなかった。
―――
がれきの中から、スカルサタモンが起き上がった。体は崩れかけているし、杖に寄りかかってはいるが、まだ立てる。
「あいつら、火事場の馬鹿力出しやがって……ここは一旦退いて」
言いかけたところで、周囲が陰った。怪訝そうに上を見る。
怪鳥の巨体が真上に迫っていた。更に、スカルサタモンめがけて落ちてくる鋭利なかぎ爪。
「なっ――!」
巨体が叩きつけられた轟音と、盛大な土埃が広がった。
その下からデータの屑がこぼれ散ったことに、気づいた者はいなかった。
◇◆◇◆◇◆
間が空いてすみませんでした。疲れがたまっていたこともあるのですが、一番は……今回の展開を書くのがしんどかったからです(汗)
諦めるという選択を大輔達にさせるのもしんどいし、彼にとどめを刺すのもしんどかった。
彼の物語は、次回もう少しだけあります。