聞き慣れた目覚ましの音がする。
大輔は半ば無意識のうちに手を伸ばして、目覚ましを止める。
床に敷いた布団の上で、もう一人の少年が体を起こす。大輔と目が合うと、ほっとしたように笑った。
大輔もベッドから起き上がる。チビモンがぴょこんとベッドから布団に降りて、二人の少年を見上げた。
「おはよう、だいすけ、たくや」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
何気ないあいさつなのに、それだけで心が温かくなる。
普通に朝を迎えられることがこんなに嬉しいって、初めて知った。
D-ターミナルに光子郎からメールが入っていた。
デーモンの居場所の特定は思うように進んでいないらしい。サンプルになるのが、ふ頭のマリンデビモンが時空を越えた跡しかなく、座標を絞りきれない。昨日、デジタルワールドにレディーデビモンが現れたと聞いたので、デジタルワールドも調べてみる、とのことだった。
大輔も敵とは戦ったが、暗黒の砂漠にもうデーモンはいない。行動したくても動きようがないのはじれったい。
そんなモヤモヤを抱えながらも、大輔は朝ごはんをしっかり胃袋に詰め込んでいた。今大輔にできるのは、来るべき戦いに備えて体調を整えることだ。家族の目を盗んで、チビモン用のパンもポケットに入れる。
拓也は泊めてもらっている手前、遠慮がちに食べていた。が、大輔の食欲に安心したのかおかわりのパンに手を出した。
その時、テレビから緊急ニュースの音が流れた。全員の手が止まり、テレビに視線が集まる。
テレビの上部にテロップが入った。
『東京都渋谷区でビル崩落事故発生』
ニュースのスタジオも慌ただしくなり、画面外からキャスターに原稿が渡される。
『緊急ニュースが入りました。渋谷区のJR渋谷駅付近でビルの崩落事故が発生しました。現地では三年前のお台場で目撃されたような怪獣が現れたという情報も入っています。付近にいる方は安全に注意して避難してください。渋谷駅付近に怪獣が現れ、ビルの崩落事故が発生しました――』
「渋谷」
拓也がぽつりと口にした。大輔と顔を見合わせ、真剣な表情で頷きあう。
「俺、出かけてくる!」
大輔と拓也は勢いよく席を立ち、自分の部屋に駆け込んだ。瞬く間に大輔はチビモンを引っつかみ、拓也は帽子をかぶり、二人揃ってゴーグルをはめ、玄関に走る。
唖然と見ていたジュンが我に返る。
「でかけるって、まさか渋谷に!?」
「いやえっと、違う!」
適当に返事をして、大輔は家から飛び出した。
―――
ゆりかもめで新橋駅まで出たのは良かったが、渋谷駅につながる路線はJR山手線も東京メトロ銀座線も運転見合わせになっていた。駅前には人だかりができている。
「大輔! 拓也!」
呼ばれて振り返れば、ヤマトと輝二が手を振っていた。顔つきも似てるし、同じ動きをしてると兄弟みたいだな、と大輔は思った。何か違和感を覚えたが、その理由はよく分からなかった。
ヤマト達と合流して、一度駅から離れる。
少しでも渋谷に近づけないか。地元民の大輔とヤマトで知恵を出し合う。
「駅の放送だと、浅草線は動いているみたいです」
「なら、浅草線で東銀座に出て、そこから日比谷線で行けるところまで行ってみるか」
「浅草線も混んでましたよ」
声に振り返ると、ウパモンを抱えた伊織と、ポロモンを抱えた京が歩いてきた。京は大きな肩がけカバンを下げている。
「伊織と一緒に見てきたんだけど、山手線と銀座線使ってた人が浅草線に流れちゃって、もう人だらけ。駅員さんが改札から入る人数を制限してる」
京の情報を聞いて、輝二が考え込む。
「人数制限となると、仲間が全員着くまでには時間がかかりそうだな」
「そんなこともあろうかと、京しゃんがちゃんとパソコンもってきてますよ」
ポロモンの言葉に、京がカバンを下ろした。開けると京愛用のノートパソコンが現れた。
「渋谷にパソコンを持った仲間が到着すれば、他の仲間はデジタルワールド経由で行けるでしょ。だから、このパソコンを渋谷まで持っていって」
大輔が素直な疑問を口にする。
「京が持っていかなくていいのか?」
「私はアクィラモンで飛べた方が便利だし、デジタルワールドに行く」
京は答えながら、パソコンを起動した。デジタルゲートが現れたところでD-3を取り出す。
「それじゃ、よろしくっ」
京、伊織、ヤマトはパソコンの中に吸い込まれた。
「じゃあ電車組は俺とチビモン、拓也、輝二だな」
パソコンを肩に担いで、大輔達は浅草線の改札に向かった。
―――
湖のほとりにあるテレビの前で、伊織とアルマジモン、ヤマトが座っている。
重量感のある足音が近づいてきた。立ち上がると、木立の向こうからグレイモンが歩いてきた。その背には太一、ヒカリ、テイルモンが乗っている。
別方向からスティングモンに抱えられた賢が、また別方向からは、アクィラモンに乗った京とガブモン、バードラモンに乗った空とフェアリモンが集まってきた。
京が開口一番に伊織に聞く。
「泉先輩と連絡取れた?」
「いえ、メール何度か送ってるんですが返信なくて」
肩を落とす伊織の横で、ヤマトがため息を吐く。
「今朝、光子郎からD-ターミナルに来てたメール、送信時間午前4時だったからな……。メールに気づかないくらい集中してるか、徹夜明けで寝落ちしてるか、だな」
選ばれし子ども達が「あり得る……」と頷く中で、フェアリモンが苦笑する。
「大変そうね……。そうすると、あとは誰か来る人いるの?」
その何気ない問いに、全員がお互いに顔を見合わせ、戸惑った表情になった。問いかけたフェアリモンでさえ、不安そうな表情を浮かべる。
太一がヘアバンドに手をやりながら考え込む。
「いや、これで全員……のはずだ。……でも俺達、こんなに少なかったっけ」
太一の言葉に、誰も返事を返せない。もっと沢山仲間がいた気がする。なのに、それが男だったか女だったか、年上か年下か、どんな顔だったか、考えても何も思い出せない。
何の証拠もない。でも、直感が「仲間が消えている」と告げていた。
選ばれし子どもとパートナーデジモンは残り9組。十闘士は残り3人。
◇◆◇◆◇◆
次回は戦闘です。