第180話 8方向のベクトル! 友樹・望 | 星流の二番目のたな

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デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
続き物、二次創作の苦手な方はご注意くださいませ。

 僕にサッカーボールを託した後、信也は僕を置いて自分の部屋に帰った。僕とノゾムが二人だけで話をしても大丈夫、そう信じてくれてるんだろう。
 よし、と気合いを入れてノゾムの部屋のドアをノックする。
「……はい」
 小さな返事がして、数秒。ドアが細く開いた。
 僕の顔を見て、眉をしかめる。
「信也は?」
 ノゾムの目線が信也を探してさまよう。
「今は、僕だけ」
 僕が答えると、ノゾムは不安そうに目を伏せて、僕を上目遣いに見た。
「どうして来たの」
 ノゾムの手はドアノブを握りしめていた。僕が答え方を間違えたら、すぐにドアを閉めてしまいそうだ。
 困った僕は、バカ正直にサッカーボールを突き出した。
「サッカー、一緒にやらない?」
 
 
 ノゾムは呑み込みが早かった。
 中庭の芝生で基本的な蹴り方だけ教えると、まっすぐ蹴れるようになった。
 サッカーボールを触るのは初めてのはずなんだけど。僕が聞くと、ノゾムの顔が初めて小さく笑った。
「旅している間に、信也がイメージトレーニングをよくしてた。僕が興味持ったら、色々教えてくれた」
「そっか……よかった」
 僕がほっとすると、ノゾムが不思議そうな顔で首を傾げた。
 僕はボールをパスして口を開く。
「信也が僕達のそばから逃げ出してから、ずっと信也のこと心配してたんだ。でも、君みたいな子と楽しく旅してたんだなって思ったらほっとした」
 ノゾムはボールを上手く止められず、二歩下がって止めてから、元の場所に戻ってきた。表情はなぜか暗い。
「信也は僕と出会えてよかったのかな」
「どうして?」
 そっと聞くと、ノゾムは少し悩んでから答えた。
「僕は、信也と会えてよかったと思う。僕が自分の記憶だと思っていたデータは、僕のものじゃなかった。僕が『ノゾム』として過ごした時間は、信也と会って、信也と一緒に旅をした時間だけなんだ。信也がいてくれたから、僕は記憶も感情もない人形から『ノゾム』になれた。……でも、信也には迷惑かけてると思う」
 ノゾムはボールを蹴ろうとして、空振りした。ノゾムは顔をしかめて、もう一度蹴り直す。
「信也は君と会ったこと後悔してないよ。君と会ったから信也のメンタルは立ち直れたし、今も君のこと守ろうとしてる」
 足元に届いたボールの「神原信也」の文字を見ながら、僕は言葉をつなげる。
「君と会う前の信也は、拓也お兄ちゃんに勝とうって一生懸命だった。デジタルワールドに来てからも僕達の中で一番経験浅くて、どっちかっていうと守ってもらう側だった」
 でもね、と言いながらボールをノゾムの方に転がす。
「君に会ってから、信也いい方向に変わったよ。やっと並んで支え合える相手が見つかったって感じで。だから、信也が君と会ったのは間違ってないと思う」
 城の窓の明かりが一つ消えた。話している間に風も冷たくなってきた。
 ノゾムがボールを拾って、僕に返しに歩み寄ってくる。
「ありがと、こんな遅くに相手してくれて」
「ううん。こっちこそ、ありがとう」
 ノゾムがボールを返す時、僕の手と触れた。ノゾムの手は温かかった。
 おやすみなさい、と頭を下げて、ノゾムは城に戻っていった。
 コンビ組む相手、取られちゃったな。
 ノゾムがいなくなってから、一人でつぶやいた。
 
 
 
―――
 
 
 
 朝起きると、ももの裏に引きつったような軽い痛みがあった。
 筋肉痛だ。昨日のサッカーで、いつもは使わない筋肉を使ったから。
 人形でも、ちゃんと体は痛むんだ。
 急にそんなことを考えた。
 ケガをすれば痛い。おなかがすく。眠くなる。動く。考える。戦う。
 生き物としての感覚があって行動ができる。
 僕は生きている、と思う。
 でも。
 胸に右手を当てる。
 人間でもデジモンでも、胸に手を当てれば心臓コアの音が聞こえる。
 僕にはそれがない。代わりに、じわりと熱が伝わってくる。
 胸の中にあるのがスピリットだから。
 信也に合わせて無限の力を生み出すスピリットだ。その力があれば、僕は食事や睡眠を取らなくても活動できるはず。ただ、生き物のふりをするために食事や睡眠をとるようにプログラムされているだけ。
 僕は人間じゃない。
 僕はデジモンじゃない。
 僕は……「ノゾム」だ。
 望、としか呼びようのない僕を、信也は相棒だと言ってくれた。
  十闘士のみんなの僕を見る目は厳しいけど、受け入れようとしてくれてるヒトもいる。
 嬉しいと思う。信也達のためにできること、精一杯やりたいと思う。
 なのに、僕は自分の力で戦えない。体はスピリットの力で動いているのに、僕自身が力を引き出すことはできない。ユピテルモンに作られたのに、ユピテルモンのことを何も知らない。
 僕にできるのは信也を進化させることだけ。それがもどかしい。
 廊下に出ると、まだ日は昇ったばかりで城は静かだった。厨房の方から、パンを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。

 二つ隣で客室のドアが開いた。

「ふわ……あ、ノゾムもう起きてたのか」

「おはよう、えっと、兄貴さん」

 あくびをしかけていた兄貴さんはずっこけた。急に、呆れたような疲れたような表情になってる。

「あれ……でも、信也があなたのこといつも『兄貴』って呼んでたから」

「それはそうだけどさ……。なんて言ったらいいんだろ、信也は俺の弟で、あーつまり、俺は信也と小さい時から一緒に暮らしてきたんだ。だから信也は俺のこと『兄貴』って呼ぶんだけど、えーっと、人間世界だと、信也以外にその呼び方をする人はいないんだ」

 兄貴さんはすごく困った顔で説明している。

「信也しか使ってないニックネームってこと?」

「そんなところだな」

「じゃあ、会ったばかりの僕なんかが使っちゃダメ……ごめんなさい」

 人間世界のことを知らずに、失礼なことを言ってしまった気がする。僕は素直に頭を下げた。

 でも兄貴さんはもっと困った顔になった。

「謝ることないって! 使っちゃダメとかいうわけじゃないから。信也が俺のこと『兄貴』『兄貴』っていうからそっちで覚えるのも当然だし、えっと……」

「なんだよ朝からうるさいな」

 信也が部屋から出てきた途端、兄貴さんが信也を思いっきり指さした。

「信也! お前……責任とって、誤解を解けっ!」

「はああっ!? 何の責任だよ!」

 呆然としている僕の目の前で、信也と兄貴さんが口ゲンカを始めてしまった。僕はどう止めたらいいのか分からず立ち尽くしていた。

 でも、口げんかをしている二人は不思議と楽しそうだった。

 みんなが僕のことを知らないのと同じで、僕もみんなのことをまだまだ知らないみたいだ。



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毎度お待たせしております(汗)

最後は初のノゾム視点でした。作者もまさかのギャグ落ちでしたが。ノゾムが拓也のことをなんて呼ぶかな、と考えてたら、謎の呼び名が発生しました(汗)

 

アプモン感想は明日以降書きます。