俺が声をかけると、コックのサンダーボールモンがすぐに夕食を温めてくれた。
「ごめん、余計な仕事増やして」
「いえ、これくらい私にはお安いご用です」
電磁波でテーブル上の料理を温めながら、サンダーボールモンは笑顔で答えてくれた。
そこに、背後から足音が近づいてきた。俺は何気なく振り返る。
「あったかい飲み物欲しいんだけど、何か、ある、かな……」
顔を出した信也は、俺を見て声をすぼめた。
机の向かい側に座った信也は、俺が食べ始めても黙ってマグカップを両手で覆っていた。ココアから静かに湯気が上がっている。
「みんな、もう寝たの?」
「さあな。夕飯食べ終わってすぐに部屋にこもっちまったから」
俺が話を振ると、信也はぶっきらぼうに答えた。マグカップを乱暴にあおって飲む。
予想はしていたけど、やっぱりノゾムのことで亀裂が入っているのか。
「ノゾムはどう? 少しは他のみんなと話できた?」
言った途端、信也がマグカップ越しににらんできた。
「輝一もノゾムの行動、気にしてるのか」
しまった、思った以上に地雷だった。
俺がどう返そうか迷っている間に、信也の方から言葉が飛んできた。
「俺もノゾムも、みんなが信用してくれると思ったから全部話したんだ。なのに受け入れてもらえなくて、避けられてる」
「信也……」
「俺、間違ってたのか? ノゾムの正体、黙ってた方が良かったっていうのか!? そしたら、みんなはノゾムに優しくしてくれたかも。でもそれって、嘘ついてるようなもんだし」
俺は言い訳も同情の言葉も口にせず、信也の話に耳を傾ける。
信也はマグカップを握りしめて、自分の気持ちを吐き出していく。
「俺が輝一達の前からいなくなった時は、仲間に何も言えなかった。だから今度は、ちゃんと自分の考えてること言いたくて。……でも、ノゾムに辛い思いもさせたくなくて。俺、どうすれば良かったんだろう。なんかもう、分かんねえよ……」
信也はマグカップを机に置いてうなだれた。
それを見つめながら、俺は静かに口を開く。
「行動することだけが、正しい手段とは限らない。待つのも一つの方法だよ」
信也が顔を上げて、不思議そうにまばたきする。
「みんなはノゾムのこと認めてないわけじゃない。ただ、どう受け止めたらいいのか迷ってるだけなんだ」
俺はさっきこの城に着いたばかりだけど、輝二達がノゾムへの態度に困っていたことは想像できる。
「信也はノゾムと一緒に旅してきたからノゾムのことをよく分かっている。だけど、俺達はまだ会ったばかりだから、説明を聞いただけじゃどんな子なのか分からない。人間世界でもそうだろ? 自己紹介だけじゃその人を知ったことにならない。どういう時に喜ぶのか、何をするのが好きなのか、試行錯誤していくうちに分かってくるんだ」
「みんなはノゾムとどういう風に仲良くすればいいのか、考えてる途中ってことか?」
「うん。信也はノゾムのこと分かってるから、もどかしいかもしれないけど、みんながノゾムを受け入れられるまで待っててほしい。時間も、必要だよ」
「……ありがとう」
信也が素直な言葉を口にした。表情もさっきよりほぐれている。
「俺、部屋に戻るよ。輝一も早く食べないと冷めるぜ」
「うん」
信也は席を立って、自分の客室に戻っていった。
―――
「待ってる」って約束しちゃったけど、一番俺に向いてないやり方だよな。
基本的に考えるより先に動くタイプだし、我慢してるとそのうち爆発するし。
みんなが受け止めてくれるまで待つっちゃ待つけど、ちょっとでも何かできることないかな。
「あ……信也」
声をかけられて、やっと友樹が廊下に立っているのに気づいた。なぜか俺を見て気まずそうな顔をしている。
友樹が立っているのはドアの前だ。俺の寝る部屋の一つ手前の部屋、ってことは。
「ノゾムの部屋の前で何やってるんだ?」
つい、少しきつい言い方になった。友樹が一瞬ひるむ。
「っ、ごめん」
「ううん、僕も」
急いで謝ると、友樹は首を横に振った。
友樹は一度息を吸って話し始めた。
「僕の方から、ノゾムと話してみようと思って来たんだ。でも、ノックする直前で勇気が出なくて」
「なんだ、それなら俺が」
「待って待って!」
ノックしようと上げた手を、友樹が必死に押さえる。
「僕が、僕の心のタイミングでやるから、待って」
俺が手を下ろすと、友樹はほっと息を吐いた。
「自分から話しかけにいかなきゃとは思うんだけど、何を話せばいいのか考えつかなくて。ノゾムはデジタルワールドのことしか知らないし、デジタルワールドの話題もルーチェモンの記憶に絡む話になったら気まずいし……」
確かに、共通の話題がないのは痛い。
「人間世界の話もありだと思うぜ。俺が話すと結構興味持って聞くし。あ、そうだ」
一つ閃いた。
ちょっと待ってて、と声をかけて自分の部屋に入る。
ベッドの足元には、使いこんだサッカーボールが転がっている。俺がノゾムと会った草原でなくした――と思っていたボールだ。兄貴が俺を探す途中でこれを見つけて、今日俺に返してくれた。
拾い上げて友樹のところに戻る。
「こういうのはどうだ? ノゾム、まだやったことないから」
俺が差し出したボールを、友樹は笑顔で受け取った。
「グッドアイデア」
☆★☆★☆★
小説の更新が遅くなりすみませんでした。文章を書く腕がなまってないといいんですけど……。
輝一視点と信也視点が長くなったので今回はここまでにします。どちらも主人公がかかわるパートなので削れなくて(汗)玉蹴りは次回。
なお、エンジェモンの城はきらびやかな水晶製のため、薪のすすで汚れないよう台所はIH(電気系デジモン)という裏設定です。