この城の最上階である三階には、平原を見渡せるバルコニーがある。
半円形のそれは、人間なら軽く十人、ヴリトラモンのような大柄なデジモンでも四体は並べそうな広さだ。床の石は虹色で、金属製の手すりにはぼんやりとだけど装飾が残っている。
一番張り出した部分は、デジモンの攻撃を受けて崩れ落ちている。
石が黒く焼けていて、残った手すりが熱でひしゃげていて。
ああ、この跡には見覚えがあるな、と思った。
まだ朝日の出ないうちに、目が覚めてバルコニーに出た。
目の前に広がる町はひっそりとしている。朝だからじゃない。逃げて、誰も残っていないからだ。
反乱軍が攻めてくると聞いて、住民達は慌てた。担げるだけの荷物を担いで、ここ数日の間に町を捨てていった。
この平原に残っているのは、城の兵士達と主な侍従くらいだ。
気配に振り返ると、ララモンが泣きそうな顔をしていた。
「ディノビーモンが、倒されたって。昨日、ケンタルモンが言ってた」
「……知ってる」
短く答えて、ララモンから目をそらした。
ただ、戦いを続ける人型デジモンと獣型デジモンが仲良くなってほしい、悲しい争いのない世界が見たい、ずっとそう思ってきたのに。
僕はやり方を間違ったんだろうか。それとも、実は最初から思いを実現する力なんかなくて、無駄な努力をしていたんだろうか。
ララモンの後ろから駆け足のひづめの音がした。ケンタルモンがバルコニーに駆け込んできた。
「敵が、町に攻め込んできました!」
「うん……よく見えるよ」
デジモンの大軍は、薄闇の中で輪郭が溶けて、一つの固まりに見えた。
城まで届く雄叫びを上げる。町と町に配置された兵士をなぎ倒して進む。
屋台が吹き飛ばされる。
兵士がデジタマとなって空に舞い上がる。
家々が踏み潰される。
その最前線を走るのは、指導者――エンシェントの称号を持つ十闘士。
話には聞いていたけど、自分の目で見たのは初めてだった。
人型のデジモンがいる。獣型のデジモンもいる。
極寒の大地に住むデジモンも、灼熱の火山に住むデジモンも。
空を駆けるデジモンも、海を泳ぐデジモンも。
大柄なデジモンも、小柄なデジモンも。
見た目や種族の違いを超えて、あらゆるデジモンが肩を並べ走っていた。
世界を苦しめる根源を断つために。
それを見ていたら、なんだか笑いが込み上げてきた。
「どうしたんですか」
ケンタルモンが心配そうに僕の顔をのぞきこむ。
「だって見てよ、ケンタルモン。あんなに仲の悪かった人型と獣型デジモンが、力を合わせて戦ってるんだ。共通の敵を見つけたら、長年の恨みなんか吹き飛ぶのかな」
早口の声が涙でかすれた。笑っているのか泣いているのか自分でも分からない。
誰にも負けない力を持って、この世界に生まれてきた。争いをなくすことを期待された。期待に応えるために頑張ってきた。
確かに人型と獣型の争いはなくなった。僕が頑張った結果だ。
僕がみんなから恨まれて、殺されることで世界は平和になる。
「僕は、デジモン達から嫌われるために生まれてきたのか?」
つぶやくと、ララモンが腕に飛びついてきた。
「そ、そんなことないよ! ボクは嫌いになんかなってない。今も信じてるよ」
「嘘つき」
「えっ……」
ララモンの手を引きはがす。嫌いになってないのなら、どうして震えてるんだ。信じてるのなら、どうして怯えた目で僕を見てるんだ。
「っ、危ない!」
ケンタルモンが僕を突き飛ばした。直後、火炎球が僕のいた場所で爆発した。
顔をかばった手を、そっと下げる。ケンタルモンだったデジタマが、がれきと一緒にゴロリと落ちていった。
ディノビーモンもケンタルモンも僕を守るために消えた。
「ここも危ないよ。早く逃げよう」
ララモンが僕の服を引く。僕は静かに服を引いて、ララモンの手から外した。
「僕は逃げない。恨まれて世界を平和にするために生まれてきたなんて認めない。この世界には僕が必要なんだって、十闘士を倒して証明するんだ」
「いくらなんでも無茶だよ。十闘士はすごく強いんだよ?」
「戦ってみなきゃ分からないさ」
言い返して、城の中に入る。
廊下には戦いに参加していないデジモン達が集まっていた。僕に視線が集まる。
僕はそれに正面から向き合って口を開いた。
「城の主として命ずる。城内にいるデジモンの最後のひとりまで逃げずに戦え。勝手に逃げる者は、僕がこの手でデジタマに返す」
デジモン達にどよめきが広がった。
「そんな、ここにいるのは、みんな弱くて戦えないデジモンばかりで」
「ララモンも、だ」
僕がさえぎると、ララモンはうつむいて黙った。そのまま、頭のプロペラを全力で回して飛び去っていった。涙が見えたような気がした。
視線を他のデジモン達に戻すと、彼らも慌てて僕の前から走り去った。階下に降りていく足音。じきに武器を打ち合う音と怒号が聞こえてきた。
普通の敵は、兵士や城のデジモン達に任せておけばいい。僕が階下にいないと分かれば、必ず十闘士がここに来る。
僕はひとりで、大広間に続く扉を開けた。
入る直前、ふと振り返り、外を見た。とっくに日の昇る頃なのに、黒く重い空が広がっている。
僕の心がうつったような、暗い色だった。
ひどい頭痛で現実に引き戻された。血がドクドクいってるのが分かる。ユウレイ現象にさらされ続けて、体が悲鳴を上げている。
でもそれよりも、俺にしがみついているノゾムだ。その目から流れる涙が、俺の肩を濡らしている。
「嫌だ。置いていかないで」
しゃっくりあげながら、ノゾムが訴えてくる。俺は頭をぐしゃぐしゃとなでてやった。
「心配するな。俺は、お前を置いてったりしないから。俺を信じろ」
この城で昔何があったって、俺は俺だ。ノゾムを見捨てたり、疑ったりなんて器用なこと、俺にはできない。
返事はなかったけど、涙は少しずつ収まっていった。
落ち着いたところで、ノゾムが顔を上げる。泣きはらしているけど、目つきはしっかりとしていた。
「違う……これは、この記憶は、僕のじゃない」
「分かってる」
俺は歯を食いしばって短く答えた。リアルな幻は体力を削ってくるけど、だからこそ記憶とノゾムの違いが分かる。
記憶の主は、ノゾムに似ているけど違う。体内に力があふれていて、ノゾムより感情の波が激しい。
それに、幻の中で感じた力にはどこか覚えがあった。ポケットの中のデジヴァイスが熱を発している。
「くそっ」
俺は痛む頭に手の甲をこすりつけた。答えに近いところまで来ている気がするのに。
ノゾムが後ろにある扉に目を向けた。ユウレイ現象にも出てきた、大広間に通じる扉だ。
「信也」
「ああ。俺も感じる」
さっきから、扉の向こうに気配を感じる。肌を刺すような闘気だ。ユウレイにはこんな気配は出せない。
ユウレイ以外に俺達を待っている奴は、ひとりしか思い浮かばない。
俺はノゾムと肩を貸しあって立ち上がった。
「行くぞ。俺達をこんな目に遭わせた張本人から、洗いざらい聞き出してやる」
「うん」
二人で扉に手を伸ばし、ゆっくりと押し開けた。
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遅くなってすみません(汗)最近なかなか平日に書く体力がなくて(泣)
そしてささいなことですが、ぱろっともんさんのatonementにとうとう話数を抜かれましたー。密かに追いつかれまいと頑張ってたんですが(笑)まあ、マイペースにやっていきます。
次回は城外居残り組です。