全速力で走る途中、まだ家の形をしている廃墟を見つけた。屋根がすっかり崩れているけど、壁さえあれば隠れるには十分だ。二人で飛び込んで、壁にもたれて座り込む。
「はあ、ぐっ。ノゾム、大丈夫か?」
「うん、でもちょっと、けほっ、休ませて」
ノゾムは息をするのも苦しそうだ。俺も、いくらサッカーで鍛えてたって、さすがにきつい距離だ。
息を整えながら、バッグのチャックを開ける。タオルを取り出して、両手で裂く。細くなったそれを左手の傷に巻きつける。ノゾムが手を伸ばしてくれた。端を結んでもらう。
「ゆっくりしたいところだけど、そう簡単にまける相手じゃないよな」
俺がため息をつくと、ノゾムも頷いた。
「マヒさせたっていっても、そんなに長くはもたないし。僕達の足じゃ距離も稼げない」
ここが見つかるのも時間の問題、か。
俺は疲れた足にむち打って立ち上がる。
壊れた壁の隙間から、荒れ地の向こうをのぞいた。城の塔はさっきより近くなった。ここからだと人差し指一本くらいの高さに見える。ここまでくると、右側にもう二本あるのも見えた。ただし、一番右は半分に折れ、真ん中は焦げた跡が少し見えるだけだ。おっさんのいた永遠の城より荒れ果てている。
ここからだと歩いて一時間くらいか。
「信也、もう大丈夫」
ノゾムが壁に手をついて立った。まだ息が整いきっていないけど、優しいことをいっていられない。
「じゃあ出発だ。早いとこ」
俺が言い終わる前に、ノゾムの後ろの壁が吹き飛んだ。俺はとっさにしゃがみこんで、飛んでくるがれきを避けた。
顔を上げると、壁の向こうに黒い追っ手の姿。がれきを踏み越えてくる足に震えはない。
舌打ちする。お出ましが早すぎだっての。
「逃げるぞ!」
俺はノゾムに目を向けて、体がこわばった。
ノゾムのすねから先が、がれきの下敷きになっていた。ノゾムが顔をゆがめて足を引っ張っているけど、簡単には抜けそうにない。
追っ手の目がノゾムに向いた。銃を抜こうにも、体の下敷きになっている。
使うっきゃない。俺は歯を食いしばってデジヴァイスを手に取った。俺の心に反応して、デジヴァイスが熱くなる。
ノゾムが俺を見て、泣きそうな顔をした。
「信也――!」
「いいから伏せてろ!」
俺はすぐさま言い返して、左手にデジコードを呼び出した。
「ホロウスピリット・エボリューション!」
「スーリヤモン!」
追っ手の注意が俺に向いた。狭い家の中では長剣をぞんぶんに振れない。神剣アパラージタを槍のように構え、まっすぐに敵を突く。勢いで外に弾き飛ばした。
「今のうちにがれきをどかすんだ!」
呼びかけながらノゾムを飛び越える。敵を追って、自分も家の外に躍り出た。
敵が背中を丸めて身構える。両ひじと尾の鎌が鈍く光る。
お前の相手をしている暇はないんだ。剣の炎を燃え上がらせ、素早く横薙ぎに振る。
「《ガーンディーヴァ》!」
迫る炎の波を、敵は翼で飛んで回避した。上空で三つの鎌がきしんだ音を立てた。一つ一つが生きているかのようにうごめく。
「《トライアングラー》」
本体の接近と共に、鎌が右から左から襲ってくる。右を剣で左を籠手で弾く。
頭上からの最後の鎌を剣で迎え撃つ。
刃がぶつかる直前、鎌の柄がぐんと伸びた。
「なっ……っ!」
尾の鎌が背中に突き刺さった。翼の付け根、鎧の切れ目だ。痛みに手がしびれ、息が詰まる。敵が俺の頭上を飛び越え、鎌が回転し背中をえぐる。
歯ぎしりした隙間から声を絞り出す。
「これくらいで、勝てると思うなよ」
気合いを込めて、体内の炎を燃え上がらせる。鎧が、剣が、熱で光を放つ。
背中に刺さった鎌は形を失い、跡形もなく溶けおちた。
振り返りざまに剣を振る。飛んだ炎が敵の腹を焦がした。が、直撃はできなかった。
しびれた手から、剣がすり抜けた。二歩離れた場所にアパラージタが転がる。
「しまった!」
拾おうとするが、追っ手の方が早い。頭の角を向け、強靭な脚力で突進してくる。
とっさに仰向けに倒れ、下から蹴り飛ばした。だが、俺が起き上がる頃には何事もなかったように着地している。
スーリヤモンは剣げきに重点の置かれたデジモン。格闘では剣ほどのダメージが叩き込めないか。あるいは敵の体が打撃に強いのか。
どちらにせよ剣がいる。
お互いの動きをうかがいながら、じりじりと横に移動する。敵は俺の考えに気づいて、剣と俺の間に割り込める位置を保っている。
なんとか、一瞬でも隙ができれば。
がれきの向こうからノゾムが飛びだしたのはその時だった。
狙いも定めずに撃ちながら、敵に向かってまっしぐらに走った。俺に注意を向けていた敵は反応が遅れる。
「はああっ!」
雄叫びのような悲鳴のような声をあげながら、ノゾムが敵の腰に銃口を押し当てる。そのまま引き金を引き続けた。何発も撃ちこまれる麻痺弾に敵の体がびくびくと震える。
俺はすぐさま剣へと跳んだ。柄を握り、剣に炎を送り込む。
敵がノゾムを弾き飛ばした。弱った動きとはいえ、軽いノゾムは背中から地面に叩きつけられた。
「ノゾム!」
俺は反射的に剣を握り、敵へと駆けた。ノゾムに手荒な真似しやがって。
あいつを切り伏せる力を。
体と剣が燃え上がる。敵の頭に刃を振り下ろした。
「《トリ…シューラ》!」
敵が炎に包まれ、火柱と化す。瞬く間にデータの欠片も残さず消え去った。
俺は進化を解いてすぐ、ノゾムの元に駆け寄った。
「大丈夫か!」
「うん。大したことないよ」
言葉通り、ノゾムにケガはなかった。ほっと息を吐いて、すぐに厳しい顔になる。
「なんであんなムチャしたんだ。一歩間違えたらあいつの鎌でザックリだったぞ」
俺の言葉に、ノゾムはうつむいた。
「……足手まといになりたくなかったんだ」
小さな声が聞こえる。
「僕を助けるために信也はスーリヤモンを使った。僕のために信也が必死に戦ってくれて。それを怖がって、見ているだけなんて嫌だったんだ」
ノゾムが顔を上げて、まっすぐに俺を見る。
「僕に少しでも戦う力があるのなら、それで精一杯信也の力になりたかった」
「そっか。ありがとう」
俺はノゾムの顔から視線を外した。落ちていた銃を拾ってノゾムに渡す。
「エネルギー使い切っちゃったな。エリアの天気もこれだし、しばらくおあずけだ」
「うん。でも、敵は倒したし。早く光の城に行こう」
「ああ」
俺達はがれきの下から荷物を引き出して、足早に光の城に向かった。
その道中で、俺はさっきの会話を思い返していた。
がれきに巻き込まれて足手まといになった自分。それを守るために戦ってくれた人。兄貴を助けるために全力で戦おうと思った自分。
さっきのノゾムは、ぞっとするくらい俺に似ていた。この世界に飛び込んだ時の俺に。
いや、ノゾムは記憶喪失なんだし、ずっと旅をしてれば似るのも当たり前か。ノゾムも会った頃に比べればずいぶんたくましくなったもんな。
「信也、どうかしたの? 傷が痛む?」
ノゾムが心配そうに聞いてくる。いつの間にか暗い顔をしていたみたいだ。
「心配すんなよ。元気いっぱいだ」
「そう。よかった」
俺がにっと笑って答えると、ノゾムもほっと笑顔をみせた。
ポケットのデジヴァイスが、なぜかじんわりと熱かった。
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ども。リアルがどたばたしてて執筆時間が確保できなかった星流です。師走とはよく言ったものです。
今回はアイギオテュースモン:ダークのデータが少なくて、戦闘描写に苦労しました。技がひとつしか出ていない上にどんな技か全く情報がなくて……。でも名前とビジュアル的にきっとこんな技に違いない。
さて、叫んでいいでしょうか。
ネクストオーダーの、スクリーンショットに、アグニモンが出てましたっ!!!
長年育成系ゲームで不遇をかこっていたハイブリッド体の姿が見られるとは……なんかもう、それだけで涙が出てきそうです(苦笑)
ちゃんとパートナーにできるらしいので、がぜん楽しみです!