第146話 忘れられた道を行け! 文字が示すもの | 星流の二番目のたな

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デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
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 暗い森に、二人の足音だけが聞こえる。

「信也、あれ」

 ノゾムに言われて、俺はその指の先、斜め上に顔を向けた。

 森は20メートルほど先で急な下り坂になっていた。そのおかげで、遠くの方まで見通せる。ねじれた木の向こうに小高い丘があった。

 ノゾムの指さしているのは、その頂上にある建物だった。くすんだ白い壁に、赤の屋根。それがいくつもごちゃごちゃと重なり合っている。

「城、か?」

「うん」

 俺が目をこらすと、ノゾムは答えながら指を下ろした。この距離じゃはっきりしたことは分からない。

「とにかく、あそこに行ってみよう。デジモンが住んでいるかもしれないし、いなくても屋根のあるところで休める」

 俺が坂を下り始めて、ノゾムも後に続いた。


 岩と木が好き勝手に生えている坂を、滑ったりつかまったりして降りる。デジタルワールドを旅する間に、こんな野生じみたこともずいぶん得意になった。会った頃は遅れがちだったノゾムも、俺のペースに追いつけるようになってきた。

 坂の終わりが見えて、最後は跳んで降りた。

 着地すると、思ったより硬い感触がした。

 足元をよく見ると、真四角のタイルがあった。ひびは入ってるし土にほとんど埋もれているけど、間違いない。こんな森の中にどうして。

 俺はしゃがみこんでタイルの土を払った。中心に長剣があって、そのバックに模様のついた丸い盾。カラスの爪みたいな三本線が四隅に描かれている。

「信也?」

 坂を慎重に降りてきたノゾムが俺に声をかける。俺は立ち上がって手招きした。

「見てみろよ。多分、昔のデジモンが作ったやつだと思う」

 ノゾムもひざに手をついて、タイルをまじまじと見た。俺が辺りを見回すと、他にもそれらしい石の破片が埋もれている。

「ここに家でもあったのかな? それにしちゃ森に侵食されまくってるけど」

「家じゃない。道だよ」

「え?」

 急に言われて、俺は一瞬止まった。

 目を戻すと、ノゾムは盾の周りを指でなぞっていた。改めてノゾムの横にしゃがむ。最初模様に見えたそれは、ノゾムが土を払ってよく見えるようになっていた。

「これ、デジモンの文字か」

「うん」

「読めるか?」

「『悪意を持ってこの道歩く者に災いあれ』」

 うわ。聞くんじゃなかった。

 でも、これで分かったことが二つある。

「このタイルは道を舗装するために敷かれたってことだな」

「ここを通って、きっとあそこまで」

 ノゾムの指が点々としているタイルを指し、最後は丘の上の城を指す。道にちゃんとタイルが敷かれてるなんてこの世界では珍しい。よっぽど有力なデジモンの城だったんだろう。歴史には興味がないけど、城までの道があるのは楽でいい。

 それからもう一つ分かったこと。

「お前、やっぱりデジモンの文字が読めるんだ」

 最初に気づいた時は敵に襲われてる最中で、詳しく考えてる暇がなかった。その後は異世界に飛びこんで、気持ち悪い検査を受けてみたり(ああ、思い出しちまった……)、街がいきなり大軍勢に襲われたりで、文字のことはすっかり後回しになっていた。

 ノゾムが古ぼけた文字を見つめる。

「何で読めるのかは分からないけど、読める。でも普通は読めないんだよね?」

「ああ。俺は全然だし、友樹達もなんとなく分かるくらいだって言ってた。戦いばかりでゆっくり勉強する暇がないっていうのもあるけど」

 逆に考えれば、ノゾムには文字を教わる時間があったってことになる。

「やっぱりお前、俺と会う前にデジタルワールドに来てたんだ。それで、デジモンに文字を教わった」

「じゃあ、僕が覚えてる白い建物も」

「きっとその時いた建物なんだよ!」

 俺の声が弾む。ノゾムもつられて、少し嬉しそうな表情を見せた。

「僕に字を教えてくれたデジモンか」

「その建物にまだ住んでるかもしれないぜ。どんなデジモンだったんだろうな」

 ノゾムが手近な小石を拾って、地面を引っかいた。タイルに書かれてるのと似たような文字を三つ書く。

「何て書いたんだ?」

「ノ、ゾ、ム。自分の名前」

 文字を順番に小石で示す。俺には読めない字だけど、俺のつけた名前が書いてあるんだ、と思うと嬉しかった。

「なあ、『しんや』はどう書くんだ?」

 調子に乗って聞くと、ノゾムは自分の名前の下にすらすらと三文字書いた。

「こう」

「ふうん。俺も覚えてみようかな」

 俺も小石を手に取って、ノゾムの字を真似して書いてみる。ここが道だと分かったのも文字のおかげだし、知っていると便利かもしれない。

 そうだ、確かサッカーノートがあったはず。俺はエナメルバッグのファスナーを開けて中を探った。

「ノゾム、これに一通り書いてくれよ。そしたら俺もいちいち聞かなくてよくなるし……あ、あった」

 俺はB5の自由帳を引っ張り出した。

 うん、と答えながらノゾムがノートに手を伸ばす。

 その手が、触れる直前に止まった。

「どうした?」

「信也の、字」

 俺の?

 ノゾムの視線の先には俺のノートがある。表紙には「サッカーノート No.2 神原信也」って書いてある。ノゾムはその表紙を見ていた。とまどって目が揺れている。俺も事情が飲みこめずにノートとノゾムを見比べた。

 ノゾムがかすれた声で訴える。

「信也の使ってる字……読めない」

「え?」

 その言葉の意味に気づくのに、数秒かかった。

 おいそれ俺の字が汚いってことか!?そう言えたらどんなに楽だったんだろう。

 でもノゾムの震える口を見ていると、そんな冗談も言う気が失せた。


 ノゾムは読めない。カタカナも漢字も数字もアルファベットも。

 ひらがなも? そんな傷口に塩を塗るような確認、したくないしするのが怖い。だって――。

 俺はノートを乱暴にバッグに押し込んだ。ファスナーでしっかり封をする。

「文字のことなんて後でもいいよな。ほら、さっさとあの城まで行こうぜ!」

 下手な話のそらし方だ。でもノゾムも頷いて、小石を手から落とした。

「うん……後で」

 後で、いつか、向き合わなくちゃいけない問題だ。そして、その答えは既に分かっている。

 ただ、口にしたくない。言葉にしたくない。

 言葉にしたら、もうごまかせなくなるから。




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ノゾムはデジ文字読めますが、星流は読めません。最近「ん」だけ識別できるようになりました←


※PC版のトップ画像とスマホ版の背景を差し替えました。トップ画像はドイツ土産です。詳しい話は……後で、いつか。