第135話 始まりの地で! スピリットというかまど | 星流の二番目のたな

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デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
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 客車が揺れて、拓也はまどろみから覚めた。

 窓の外を見ると、景色はきらめく海から日の差す林へと変わっていた。風のエリアを突っ切れば早かったのだが、あそこはまだ結界が壊れたままだ。おかげで迂回に時間がかかったが、ようやく炎のエリアにたどり着いた。

 肘をついて外をながめた。そのまま、一人きりでさまよっているだろう弟のことを考える。

 信也が後を追ってデジタルワールドに来たのは知っていた。十二神族の謁見の間で話を聞いた時から。いや、自分がマルスモンにさらわれた時に、既に分かっていたような気がする。あいつは目の前で兄をさらわれて、じっと黙っている奴じゃない。兄が誰も知らない世界を冒険していたと聞けばなおさらだ。

 俺が追いかけていったら、信也は怒るだろうな。

 頑固になって、悩みなんか何もないような顔で強がるだろう。信也がどんな顔をするかまで、拓也には想像できた。

 それでも、信也を一人きりにさせたくはなかった。信也は他人の前では強がるくせに、一人になるとひどく弱い。

 サッカーでひざを真っ赤にすりむいても、コーチや友達の前では平気な顔をしていた。でもその日の晩、自分の部屋で、痛みに涙を流しながらガーゼを換えていた。開いたドアの隙間から見えたのだ。ケガをした時はもっと痛かっただろうに、人前では絶対に泣かなかった。

 誰かと一緒にいれば強がっていられる。一人になると崩れる。拓也の知る弟はそういう少年だった。

 辛い時だからこそ誰かが、できれば拓也自身が、信也のそばにいられればと思った。

 林の向こうに、懐かしい無骨なターミナルが見えた。




 アグニモンはターミナルの頂上にいた。鉄製の格子の上、燃え盛る炎の中に、半透明の体で横たわっている。見晴らしのいい場所を選んだらしく、北には風のエリアにつながる海が見渡せた。

 拓也はデジヴァイスをポケットから出すと、スキャナをアグニモンに向けた。二つのスピリットが飛び出し、アグニモンの胸に吸い込まれる。周囲の炎が勢いを増した。

 その炎の中に、拓也は迷わず足を踏み入れた。アグニモンの炎が自分を傷つけないと分かっていたからだ。顔の横で火の粉が躍った。

 拓也がかたわらに立つと、アグニモンがまぶたを開けた。拓也に青い目を向けた後、上半身を起こす。

「ようやく会えたな」

「待たせてごめん。スピリットの様子はどうだ?」

 拓也が聞くと、アグニモンは胸のスピリットに手をやった。

「トゥルイエモンの処置と休養でだいぶよくなった。ビーストスピリットはもう少しかかるが、ヒューマンスピリットは全快している」

「そっか。よかった」

 拓也はひとまず胸をなでおろした。

 アグニモンが表情を引き締める。

「だが、本当に聞きたいのは俺の体調ではないだろう」

「ああ。悪いけど、違う」

「信也のことだな」

「あいつがどこに行ったか知りたいんだ。何か、信也と一緒にいて気づいたことはないか?」

 アグニモンは記憶を探って視線を宙に向けた。

「信也が失踪する直前は、あいつの元を離れていたからな。直接手がかりになる記憶はない」

「そうか……そうだよなあ」

 声に失望がにじみ出た。アグニモンが少し顔を緩めた。

「やはり、拓也は信也と違うな。感情を隠そうとしない」

「分かりやすいってよく言われるよ。信也も、隠すのうまくないけどな」

「そうだな。一緒にいるとそれがよく分かった。ダブルスピリットできない焦りを押し殺して、なんとか今の力だけで強くなろうとして」

 二人の目線がビーストスピリットに落ちた。破壊寸前まで追いやった傷跡は、まだ塞がりきっていない。

 拓也の胸に締めつけられるような感情が広がった。自分の半身を永遠に失うところだった。いや、感情の源はそこじゃない。兄に追いつきたい一心でスピリットを酷使してしまった信也に、何か、同情とも違うやりきれない気持ちが湧き出ていた。

「兄弟なのに、同じスピリットなのに……どうしてこんなことになるんだ」
 拓也のつぶやきに、アグニモンが数秒黙った。

「感情的なことは、俺には説明しきれない。が、信也の持つ特性という意味であれば、スピリットの立場から話せるかもしれない」

 拓也は顔を上げ、アグニモンと目を合わせた。「聞かせてくれ」という意思表示だった。


「かまどを例にして話そう。スピリットというかまどにエネルギーデータという薪が入っている。これに火をつけて燃やすのが拓也だ。薪の置き方や空気の送り方が上手くなれば、より大きな火力を出せるようになる」

 拓也はキャンプで薪をくべたかまどを思い浮かべた。デジタルワールドを旅したおかげで、5年生のキャンプは手慣れたものだった。

「そこでだ。もし、かまどに火をくべてもこれ以上に火力が上がらないとなったらどうする? もっと強い火力が必要となったら?」

「それなら、もっと大きいかまどを作る。ほら、ダブルやハイパーみたいに」

 単純に考えれば、ダブルスピリットは二倍の、ハイパースピリットは十倍の大きさのかまどを用意するのと同じだ。そこにくべられる薪の量も二倍、十倍にして大火力を引き出せる。

「普通のやり方なら、拓也の言う通りだ。だが信也は違う。

 エネルギーデータで足りなければスピリットの構成データを、つまり薪で足りなければかまどそのものまで燃やして火力を引き出す。スピリット自体が持つ全データを戦いの力に転化させる。それがあいつの力だ。確かに、一時的に膨大な火力を生み出せる。だが、じきにかまどそのものが崩壊する」

 拓也は改めてスピリットの傷に目をやった。これは、エネルギーの代わりに消費された構成データの跡か。

「何とか、信也が戦い続けられる方法はないのか? 構成データを消費しなくて済む方法は?」

「俺には分からない。そもそも構成データを消費できること自体特殊なんだ。信也も無意識にやっていることで、コントロールできるものではないんだろう」

 アグニモンがつと視線を空に向けた。

「もし、構成データを厳重にロックしたスピリットがあれば――つまり信也の力でも燃やせないかまどがあれば――信也も心置きなく戦えただろう。しかし、そんな特異なスピリットなど存在しない。レンガ作りで十分なのに、誰がクロンデジゾイドでかまどを作る?」

「今からロックをかけられないのか? ほら、光のスピリットにダブルスピリットの補助プログラムを入れたみたいに」

 アグニモンは首を横に振った。

「構成データはスピリットの土台だ。元・三大天使であろうと、一度組み上げられたそれに手を加えることはできない。補助プログラムのように簡単な話ではない」

「そうか……」

 信也の行き先の手がかりも、今後戦い続ける方法もない。八方塞がりか。


 拓也の視界の端が、急に明るくなった。

 はっとしてそちらに視線を向ける。北の地平線から一筋の光が立ち上っている。それが立ち込める曇天を突き刺し、雲を吹き飛ばした。風と光を浴びて、地平線は一際輝いた。

「あれは、まさか」

「風のエリアが解放されたのか」

 アグニモンと拓也がそれぞれつぶやく。友樹達は氷のエリアに行った。輝二とユニモンはそれを追っていった。拓也は今ここにいる。だとしたら、風のエリアを解放したのは――。

 二人は目を合わせた。言葉にするまでもなく、同じ予感を抱いている。
「行くぞ、アグニモン!」

「行くぞ、拓也!」

 二人の言葉がきれいに重なった。

 スピリットが拓也のデジヴァイスに飛び込んだ。




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年内の更新はこれで終わり、かも。

お正月特別編にそろそろ手をつけないといけませんし(汗)毎度のごとく忙殺される未来が見えてるので、また結局「松の内にはーっ!(汗)」って言い出すかもしれません。

コメント返信する時間はさすがにありますので、そちらは無問題です。


とりあえず、よいお年を。