拓也が目を開けると、青空が広がっていた。塵やほこりがきれいに洗い流された澄み切った空だ。色鮮やかな虹が左から右へ、とても視界には入りきらない長さだ。白い綿雲も牧歌的だ。
俺、一体どうなったんだっけ。ふと思って、自分の記憶を探る。そうだ、建物の天井が崩れて、水の中に放り出されたんだ。ユニモンの助けも間に合わなくて。
ひょっとして、死んでしまったのか。こんなにあっけなく。でも、こんないい景色が見られるのなら悪くな
「いつまで寝てるつもりですか?」
棘のある声に、拓也は飛び起きた。
「ひっ! あ、ユ、ユニモン!? 輝二も!」
見ればユニモンと輝二が二人して呆れた視線を送ってきている。輝二は泥だらけだが、元気そうだ。拓也自身の服も似たようなもので、乾いた泥で布地がこわばっている。
「俺、またユニモンに見捨てられたんじゃなかったか?」
「僕が二度もあなた方を見失うと思ったんですかっ。すぐに背中に乗せて、地上まで引き上げました。拓也さんは気絶してたんで、気づかなかったでしょうけど」
ユニモンが歯をむき出した。拓也が思わず後ずさる。
「僕だって、お二人をネプトゥーンモン様から預かった意地があります。そりゃあ一度は申し訳なかったと思いますけど……だからって今度も信じてもらえないなんて。あんまりです。僕いじけちゃいます」
最後は本当にそっぽを向いて、ひづめでのの字を書き始めてしまった。何やらどよーんとした空気まで漂わせている。
拓也が「ごめんな!」と手を合わせても「どうせ僕なんか。ただの馬だし」とのの字のの字。しばらくいじけるつもりらしい。
困って頬を掻き、輝二に目をやる。輝二は大して興味もなさそうに「ほうっておけ」と口だけ動かした。
拓也は仕方なく、ユニモンから離れた岩に腰かけた。岩の表面は乾きかけのようで湿っぽい。
そういえば、と拓也は改めて辺りを見回した。十歩ほど離れた所に左右に長い湖。ひどく濁ったそれはさっきまで三人が潜っていたものだ。ぬかるんで凸凹した地面からも、激しい雨が最近まで降っていたのが分かる。
だが、景色は変わっていた。雷雨はやみ、雲も空の半分を覆うだけである。その間から、太陽が地面を照らし出している。霧はまだ巻いているが薄い。遠くの山の輪郭が分かるほどだ。
「お前が気絶している間に、お前のデジヴァイスからデジコードが出て、空に昇っていったんだ」
事情を呑み込めない拓也に、輝二が説明してくれる。
「雲に達したとたん、雷雲があっという間に引いていった。アンドロモンが取り込んでいた、雷の闘士の力だろうな」
輝二がそばの地面を指さす。そこには球になったデジコードが転がっていた。時々静電気のような光と音を発している。ひとまずの役目を終え、ここに戻ってきたらしい。
「エリアを完全に回復させることはできないけど、半分ぐらいは、ってところか」
安心して、拓也は肩の力を抜いた。
「拓也さーん、輝二さーん!」
呼ばれて立ち上がると、遠くから走ってくるバーガモン兄弟が見えた。六兄弟とも表情が明るい。
エビバーガモンが拓也に飛びついた。
「本当に結界を取り戻してくれたのね!」
「正直、ちょっと不安だったんだけど……」
「だから言っただろ! 拓也と輝二は実は友樹達より強いんだって!」
一部、首を傾げたくなるような言葉があるが、とにかく喜んでくれている。
「ユニモンもお疲れ様」
「はい、ごほうびだよ!」
二人がユニモンにも駆け寄って、袋からハンバーガーを取り出す。
「ありがとうございます。よく分かってるじゃないですかっ」
さっきまですねていたくせに、嬉々とした態度でハンバーガーを頬張るユニモン。現金、というより食欲第一なデジモンである。
拓也達のデジヴァイスが電子音を発したのはその時だった。
二人は表情を引き締め、素早く手に取る。
「雷のエリアのみなさん! 聞こえますか? この通信が聞こえる人は返事をしてください!」
「そうか、雷雨がやんだから通信できるようになったんだ!」
バーガモンが飛び跳ねる。
拓也と輝二は顔を見合わせた。
「でもこの声、どっかで」
「もしもし、こちら雷のエリア」
輝二が試しに、デジヴァイスに向かって声を出す。
数秒間があった。
「――輝二、さん?」
半信半疑の声。
「ああ、源輝二だ。拓也もいる」
「うわあああああ! 無事じゃったんじゃなああああ!」
直後、音割れした大音量に、全員が耳をふさいだ。
「ぐあっ……え、ボコモン?」
片耳をふさいだまま拓也が聞くと、風を切る音が聞こえてくる。通信機の向こうで激しく頷いているようだ。
「無事じゃったんじゃな! みんな心配しとったぞい!」
言われてみれば、渋谷駅の地下で仲間と別れてから何か月も経っている。拓也達はネプトゥーンモンから仲間の大体の様子を聞いていたが、ボコモン達は拓也達について何の情報もなかったのだろう。突然の通信に驚かれるのも無理はない。
「ごめんな。二人とも元気だ。雷のエリアに残っていた闘士の力も取り戻した」
「ここからでも見えたよ~。晴れたね~」
ネーモンののんきな声もする。輝二が一瞬眉をひそめる。
「ネーモン、『ここ』ってどこだ? お前達今どこにいる?」
「私の――元セラフィモンであるエンジェモンの城です。友樹さん達もつい最近までここにいましたよ」
最初の声が答える。拓也が笑顔になって、背筋を伸ばした。
「お前パタモンが進化したのか! 友樹達も元気か? 信也は?」
不自然な沈黙が流れた。
「あれ? ボコモン?」
拓也がデジヴァイスに口を近づける。
やがてボコモンが、珍しく言いにくそうに話し出した。
「友樹はん達は、もう氷のエリアに出発してしまったマキ。異常気象の影響でもう通信はつながらん。信也はんは…………とにかく、城まで来てくれハラ。詳しくは、会ってから話すマキ」
その雰囲気に、拓也も追及をためらった。少なくとも、簡単に解決できそうにない問題が起きているのは確かだ。聞きたい質問を呑み込んで、拓也は短く答えた。
「すぐに向かう」
「そちらには救援を向かわせます。戻ってくるトレイルモンに乗ってきてください」
「雷の闘士のデータはどうする?」
輝二に聞かれて、エンジェモンがしばし考える。
「データ修復のできるデジモンも一緒に行ってもらいましょう。人格は戻せなくても、結界の機能なら復旧できるかもしれません」
「分かった。そいつが着いたら渡す」
輝二が答えて、通信を切った。
拓也は腰に手をやり、じっと地面を見つめていた。しかし、考えても答えは出そうになかった。
実際の所、拓也はデジタルワールドに来てからの信也を何も知らなかった。
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注)ユニモンは800歳です。
そろそろ核心になる情報を順次出していかないとな、と思って脳内メモをパソコンに書き出してみました。すると、思っていた以上にずらずらーっと書き並べる羽目に(汗)
この話の時点で128話ですし、200話がリアルに見えてきました……。