番外編 始まりの日 | 星流の二番目のたな

星流の二番目のたな

デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
続き物、二次創作の苦手な方はご注意くださいませ。

 雷のエリアにある、大振りな倉庫。本来食糧庫として使われていたそこは、現在エリアの住人の避難場所になっている。

 バーガモン達が結界跡までの道筋を確認している間、拓也達は束の間の休息を取っていた。ユニモンは腹いっぱい食べた後で、満足げに伸びをしている。

「なあ、さっきデジヴァイスでデジモンのデータを調べてたんだけど」

 拓也が声をかけて、ユニモンが拓也を見る。

「ユニモンって、本当は地面を走れて空を飛べるだけなんだな。時空を超えられる、水に潜れるなんて情報なかった」

「ええ。数いるユニモンの中でも僕にしかできない事です」

 ユニモンが誇りを持って胸を反らした。

 輝二も座り直し、会話に加わる。

「さっき、ネプトゥーンモンを助けた時に力をもらったと言ってたが、何があったんだ?」

 ユニモンはバーガモン達の様子を見る。まだ話し合いは終わりそうにない。

「それじゃ、待っている間に昔話でもしましょうか」

 ユニモンが膝を折って、拓也達の前に座った。





 僕がネプトゥーンモン様に会う前、僕は海沿いに一人隠れ住んでいました。

 というのも、僕が生まれたのは戦が激化してきた頃で。後に「マキアー」 と呼ばれる世界戦争の時代です。空や海、森や砂漠の実力者達が領地を広げるべく争っていました。

 僕は雲上の村に生まれましたが、誰が勝とうが興味はありませんでした。自分の食う寝る所があれば満足なんで。

 戦闘も好みませんでした。痛いの嫌いなんで。

 だからユニモンになってすぐに、村を飛び出しました。そのままだと徴兵されるのは目に見えてましたから。地上の人気のない洞穴に住み、木の実と海藻を食べて暮らしました。


 あの日は、朝からひどい天気でした。雷鳴と大雨が荒れ狂っていて。そう、ちょうど今みたいに。僕は外に出る事もできず、穴倉で縮こまっていました。

 けれど、急に音が収まって。数秒。

 ドォン!

 重い音が洞穴の中に響きました。何かが落ちてきたらしい音でした。僕は身を強張らせ、耳だけは敏感に動いていました。他に危険な物音がない事を確認。恐る恐る、洞穴から顔を出しました。

 デジモンがぶっ倒れてたんですよ。僕んちの真ん前に。

 緑の鱗鎧を着た人型デジモンでした。あちこち焦げてたり切り傷があったりして、兵士なのはまず間違いありません。上空での戦いで傷つき、落ちてきたのでしょう。

 前足で突いてみると、微かに動きました。僕は素早く飛びのいて、彼がゆっくり上半身を起こすのを見ていました。バイザーの目と、額当てに隠された目とが合いました。

 僕は注意深く後ずさりました。攻撃を仕掛けられたら、一目散に逃げるつもりでした。

「君に迷惑はかけない」

 不意の言葉に、僕は動きを止めました。僕を見たまま、彼は続けます。

「水を一杯くれないか。もらったらすぐにここを去るから」

 高圧的でも下手に出るのでもない、静かな口調でした。

 僕は不思議と毒気を抜かれて、

「水場なら、中に……」

 と答えてしまいました。彼が中に入れるよう、脇によけてもいました。

 兵士は、かたじけない、と言うなり水場ににじり寄って、岩のくぼみにたまった水を、勢いよく飲みました。

 そしてそのまま。

 バタン!

「気絶した!?」

 僕の前で気絶しました。水を飲んで、緊張の糸が切れたようでした。



 仕方ないから看病しましたよ。僕の体格じゃ、彼を担ぎ出すこともできませんでしたから。武器の巨大鉄杖なんて、1ビットも動かせなかったし。

 薬草をこすりつけて、干し草で寝床を作って。自分でも、あそこまで世話を焼くのが不思議でした。でも最初の会話のせいか、悪いデジモンではないように思えたんです。

 目を覚ましたのは二日後でした。彼は、手当てがされているのを見るなり言いました。

「すまなかった。すぐに去ると言ったのに、結局世話になってしまった」

 感謝より先に謝罪でした。しかも、まだ傷だらけなのに出ていこうとするんです。

「まだ寝ててよ。看病した手前、野垂れ死にされると気分悪いから」

「いや、私がここにいれば、君も巻き添えを食うかもしれない」

「平気だよ。この辺は滅多にデジモン来ないから」

「……そうか」

 それで、やっと腰を下ろしました。僕が海藻を持っていくと、バカ丁寧に頭を下げて、食べ始めました。

 僕はその向かいに伏せて、聞きました。

「あんた、名前は?」

「先に名乗るのが礼儀だ」

「ユニモン」

「雲上の種族だな」

「関係ないよ。だいぶ前に家出した」

 僕は不機嫌に答えました。それを見た彼は、申し訳なさそうに顔をしかめました。

「それは痛い所を突いてしまったな。私はシャウジンモンだ」

 うげ、って思いました。多分顔にも出ました。

「もしかして、海の、南洋のシャウジンモンってやつ?」

「ああ。そう呼ぶ者もいる」

「水棲系のボスじゃないか!」

「どうにもそうらしい」

「他人事じゃないって。そんな重要人物が、なんで黒焦げになって僕の家に転がり込んだわけ?」

「天の指導者と一騎打ちをしていた」

「アイギオテュースモンと!? トップ同士で一騎打ち!?」

 斬新すぎるというか無茶というか。道理で天気も荒れるはずです。

 そこではたと、重要なことに気づきました。

「一騎打ちなんて派手なことしたからには、かなりのデジモンが見てたんだよね?」

「ああ。敵味方問わずな」

「じゃあ、落下したあんたを探しに来るデジモンも……?」

「いるだろうな。敵味方問わず」 

「最悪だ」

 天と海の兵士が僕の家に大集合。全くありがたくない未来図です。

「言ったはずだ。君も巻き添えを食うと」

「そうだけど……あーあ、最初から偉いヒトだって知ってたら」


 続きは硬い足音に遮られました。

 顔を上げてすぐ、白いブーツのかかとが床を打ちました。

「シャウジンモン、あれだけ打ち据えられても尚死なぬとは。私もまだ貴方の事を知らないようです」

 八枚の羽を持つ天使には、僕でさえ見覚えがありました。シャウジンモン様も体を揺らし、息をつきました。

「私ごときの探索に奥方がお出ましか。少々買いかぶってはいないか」
 アイギオテュースモンの右腕、エンジェウーモン。その手には、弓につがえられた光の矢が、既にありました。

「ご冗談を。私の推論によれば、貴方は我が伴侶に匹敵する力を持ち得る。見逃す訳にはいきません」

 矢の先がシャウジンモン様の胸に向きます。弓と同じく張りつめた空気の中、僕は忍び足で逃げ出そうとしました。

「どこへ行くのかしら、ユニモン」

 もちろん無理でしたけど。

 涙目でエンジェウーモンを見ると、矢はシャウジンモン様に向けたまま、顔は僕に向いていました。

「恐らく貴方は、4か月と11日前に東の村から失踪したユニモンね。頭を右に振る癖は東の民に多く見られる特徴。その貴方が何故シャウジンモンをかくまったのかしら。是非その口から理由を聞かせてもらわなくては」

 一片の殺気もないのに、ひづめの先まで束縛されたような感覚。彼女と会い、言葉を聞かなければ分からないでしょう。物理的に自由でありながら、僕はエンジェウーモンの目線から一歩も逃れられないのです。

「《月牙斬げつがざん》!」
 呪縛を破ったのは、シャウジンモン様の一撃でした。自分から注意の逸れた瞬間を突き、鉄杖を取り振ったのです。エンジェウーモンの弓が宙に舞いました。

「走れ!」

 彼女を突き飛ばし、シャウジンモン様が叫びました。僕は考える暇もなく、その声について駆け出しました。洞穴を出て、林を抜けて。

「どこへ!?」

「海中ならあれも追っては来れまい!」

「…………」

「あ。そうか。そうだな!」

「そうだよ! っていうか気づいてよ!」

 僕の逃走先に「海中」の文字はありません。シャウジンモン様は青い髪を掻き回して考え込みました。あ、もちろんその間にも全力疾走なんですけど。

「そうだ、これ食べてみろ!」

 懐から出したそれを投げられました。僕はとっさにくわえて、そのまま飲み込んでしまいました。平べったく硬い何か。

「って、今の何だよ!?」

「セイレーンモンの声帯――のコピーだ。それを飲めば、海中でも呼吸できる――かもしれない!」

「か、確証全然ないじゃないか!」

「マーメイモン殿の言う事が本当なら、天の者が海で生きる力を得られる。マーメイモン殿を信じている私を信じろ!」

 僕の知らないヒトを信じてる初対面のヒトを信じろって言われました!

 でも言ってる間に目の前には海。背後には追手らしき足音。

「うわあああっ!」

 僕は勢いのまま、海に駆け込みました。僕の前足をシャウジンモン様がしっかりつかんで、海底に引きずり込みます。僕の口からは大量の泡が。視界が暗くなって、意識が薄れて……。

 要するに、溺れました。息、できなかったんです。

 空気を求めてあがいても、シャウジンモン様は手を離してくれなくて。

 悪あがきに《ホーリーショット》を打とうとした途端。

 勝手に僕の角が光り出して、全身をまくみたいに包みました。肺に空気が流れ込んできて、僕の視界はまたはっきりしていきました。海棲系のえらのように、膜が空気を取り込んでくれるのです。

 シャウジンモン様は振り向いて、満足げに笑いました。

 僕は膨れ面で言ってやりました。

「死にかけた」

「だが死なずに済んだ。大事なのはそこだ」

 それだけ言って、シャウジンモン様は城まで僕を引っ張っていきました。




「シャウジンモン様!」

「ご無事でしたか!」

 城が見えてすぐ、門番のハンギョモン達が飛んできました。

「現状は」

 城主の的確な問いに、門番の笑顔が一瞬で引き締まります。

「貴方様が行方不明の間、城を拠点に防備を強化。マーメイモン様が船を城につけ、全体の指揮を取られています」

「ご苦労」

 ハンギョモンは頷いて、僕に不審の目を向けました。

「その馬は?」

 馬じゃない、ユニモンだ――僕が言い返す前に、シャウジンモン様が答えました。

「私の命の恩人だ。客人として扱え」

「シャウジンモン様の恩人!?」

 ハンギョモンは目を白黒させて、僕をまじまじと見ました。不審の目に比べれば、悪い気はしませんでしたね。

 シャウジンモン様が城へと歩き出しました。

「詳しい情勢はマーメイモン殿から聞こう。案内を……してもらう必要はないな」

 その言葉通り、黒い影が城門からすっ飛んでくるのが見えました。黒い尾びれに海賊帽の、人魚デジモン。その名をマーメイモンといい、シャウジンモン様と並び立つ海の実力者でした。

「シャウジンモン様が、戻っていらしたと、聞いて」

 マーメイモン様は息を切らして言いました。その目は、海の中でもうるんで見えました。ハンギョモン達はさりげなくその場を離れました。

「心配をかけた」

 シャウジンモン様が淡々と言うと、マーメイモン様は唇を尖らせました。

「マーメイモンや部下達がどれだけ胸を痛めたのかも知らないで! 我々が同盟を組んで、すぐに貴方が亡くなられたとなれば、マーメイモンにも疑惑がかけられます。そうなれば海の者はばらばらになってしまいます! 貴方が海の者を束ねるかなめである事、忘れたとは言わせません!」

 噛みつかんばかりの勢いに、シャウジンモン様がのけぞりました。

「分かった、分かった。本当に悪かった」

 それでようやく、マーメイモン様も大人しくなりました。


「それにしても、シャウジンモン様も歯が立たないなんて。やはり、神の噂は本当なのですか?」

「神って?」

 思わず、疑問が口に出てしまいました。村を飛び出してから、噂には疎くなっていました。

 慌てて口を閉じますが、シャウジンモン様は会話を止め、僕に説明してくれました。

「アイギオテュースモンが更なる進化を遂げたという噂だ。あり得ないと考えられてきた、五度目の進化。その輝きは天を照らし、振るういかづちは全てを罰する。その威光はまさに神の領域である、と」

 言葉だけ聞けば眉唾物でした。でも、シャウジンモン様は顔をしかめ、マーメイモン様に向き直りました。

「得物を交えて、いや、交えるまでもなく分かった。アイギオテュースモンは事実、新たな姿と技を得ていた。私の鉄杖がかすりもしなかった」

 一同に重い沈黙が落ちました。


「マーメイモン殿、無理に私に味方しなくてもいいぞ」

 シャウジンモン様がつぶやきました。

「マーメイモン殿を始め、北洋の民は天や地上でも生活できる。フックモンに、セイレーンモン。シードラモンも湖で生きられる。民のため、同盟を破棄しても構わない」

 マーメイモン様は、今度こそ泣きそうな顔でシャウジンモン様をにらみました。

「貴方様では、奴に、神の力に勝てぬとおっしゃいますか!」

「あの雷を海に向けられれば、民に多くの犠牲が出る」

「その時は、シャウジンモン様が民をお守りください。マーメイモンも力をお貸しします」

「しかし」

「神の力を得てくださいませ」

 静かな懇願に、シャウジンモン様が黙りました。その顔を見つめたまま、マーメイモン様が語りかけました。

「天と海の指導者の力は、今まで互角でした。アイギオテュースモンに得られた力、シャウジンモン様に得られぬはずがありません。貴方様なら神の力に届くはず。マーメイモンも民たちも、信じております」

 シャウジンモン様が盛大にため息をつきました。髪を掻き回し、「どうしてお前達はそう無条件信頼するかな……」とぼやきました。

「仕方ない。鍛錬の相手になってくれ」

「はい!」

 マーメイモン様は満面の笑顔で頷きました。

 僕はシャウジンモン様のかたわらに立ったまま、そのやり取りを見ていました。新鮮でした。会ったばかりなのに、表情豊かな会話に安心できる。アイギオテュースモンともエンジェウーモンとも違う、素朴な威厳を感じました。

「神の力を探るためには、天に斥候を送りたい所だが」

「僕が調べてこようか?」

 だからためらいもなく、そう口にできました。このヒトの役に立ちたい。自然とそう思えたんです。

「海の民じゃ、天に行ったらどうしても目立つだろ。僕なら土地勘もあるし、空を飛ぶのにも慣れてる。せっかく海に潜れるようにもなったし、僕ならうってつけだ」

 シャウジンモン様は素直に顔をしかめました。

「君が危険を冒す必要はない。私を助けてくれただけで十分だ。君は私の部下でもないんだから」

「じゃああんたの部下になる。それでいいだろ?」

 僕も一度決めたら頑固です。マーメイモン様が噴き出して、僕らの横で笑い転げました。

 一方のシャウジンモン様は、「頭痛がする」と言わんばかりの表情でした。

「私は民を死地に赴かせる事自体好かないんだ。第一、君は私をシャウジンモンだと知っていれば助けなかったはずだ」

「助けてたよ。多分」

 僕は歯を見せて笑いました。僕は偉いヒトを助けたんじゃない。信頼できると思ったヒトを助けただけだと思いました。

 それでもまだぐずぐず言うんで、僕は言ってやりました。

「だったら、この城に僕専用の部屋を作ってよ。干し草がたくさんあって、空気がある部屋。声帯のおかげで息ができるのはいいんだけど、ずっとやってると疲れる」

「それなら、マーメイモンの船の船室を一つ移築しましょう。宝の保管のために、空気を保つ技術がありますから」

「マーメイモン殿まで!」

「それに」

 マーメイモン様が、まだくすくす笑いながら言いました。

「このユニモンが呼吸できてるのは、セイレーンモンの声帯を飲んだからでしょう? シャウジンモン様、マーメイモンの差し上げたお守りをこの子に食べさせましたね?」

「……分かった。もう私からは何も言わない」

 それでようやく、シャウジンモン様が折れました。本当に、昔から口論の苦手なヒトでした。





「楽しい日々だったんだろうな」

 拓也がしみじみと言った。

「ええ、とても。話の種には事欠きませんでした。とても、語りつくせません」

 ユニモンも小さく笑う。

 そこにバーガモンが駆け寄ってきた。出発の準備が整ったらしい。

「行けるか」

 輝二が短く聞く。

「ええ、エネルギー補給もできましたし。潜るくらい任せといてください」

 ユニモンは立ち上がり、自信を持って頷いた。




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はい、8/1企画! みなさん待望の(?)過去話第二弾でした。せっかく8/1なので出会いの話です。なんでこんなに長くなった。

ユニモン16歳、シャウジンモン50歳くらいを想定しています。

しかし、本当にネプトゥーンモンおよびその周辺愛されてますね……拓也達の立場を食いかねない(苦笑)