少年にはもう少し休んでるように言って、俺は台所に戻った。プレイリモンに、少年が起きたって事とお礼を言おうと思ったからだ。
プレイリモンは台所にはいなかった。でも、どこからか歌が聞こえる。俺が木のうろで寝ている時にも聞こえてきた、静かできれいで、悲しそうな歌。
見回してみると、台所の奥にも別の部屋が続いている。奥は明かりも消されて暗い。歌はそこから聞こえる。
眩しい昼に 笑顔を想い
寂しい夜に 涙を想う
山のあなたに まだ届くなら
伝えておくれ 優しい風で
子守唄だろうか。歌がやむと、子どもの寝息がかすかに聞こえてきた。
静かな足音がして、プレイリモンが戻ってきた。俺がいる事に気づかなかったのか、まあ、と足を止めた。
「台所ありがとうな。あいつも落ち着いたみたいだ」
俺が小声で言うと、プレイリモンは顔をほころばせて頷いた。
「こちらも起きてしまった子ども達を寝かしつけていたところです」
部屋をのぞきこんでみると、四畳半くらいの狭い部屋に十体近いデジモンが眠っていた。丸っこい赤ちゃんデジモンだったり、手足のある子どものデジモンだったり、植物っぽかったり、恐竜っぽかったり、年も種類もばらばらの子ども達だ。
「みんなここに住んでるのか?」
聞くと、プレイリモンは顔を伏せた。
「本当なら、この地域に住んでるはずのない子どもばかりです。ララモンはもっと森に近い場所に住むべきだし、ユキアグモンにこの荒野は暑すぎます。でも、この風のエリアの結界が壊れてから、外に凶暴なデジモンが出るようになって。子ども達をかくまえるのはこんな穴ぐらしかないんです」
風のエリア。十二神族によって結界を壊されたエリアの一つか。
背後に気配を感じて振り向くと、大人のデジモン達が集まってきていた。少年をベッドまで運んでくれたデジモン達だ。改めて見ると、こっちも種類がばらばらだ。子ども達と一緒に避難してきたのか。
トゲモンが俺の両手を取って強く握った。
「お願いします! このエリアを十二神族の手から奪い返してください!」
横からモジャモンも寄ってくる。
「あんた、十闘士の力を持ってるんだろ? だったら、風のエリアの結界を復活させる事もできるはずだ!」
「私からもお願いします。子ども達を守るためには、私達はここから動けないんです」
プレイリモンが深々と頭を下げてくる。
デジモン達に囲まれて、俺はどう答えればいいか分からなかった。
心の中で小さくため息をつく。人間だからって、みんなが世界を救えるわけじゃない。俺もあの少年も、何の力もない子どもだ。敵を倒す力はないし、結界を復活させるったって、どうやったらいいか全然分からない。
でも、プレイリモン達が頼れるのは俺だけなんだ。みんな、突然飛び込んできた俺の事を救世主か何かだと思っている。勝手に勘違いしてるとはいえ、俺に大きな期待をかけている。
ここで俺が「進化できない、役に立てない」って言うのは簡単だ。だけど俺は、助けてくれた彼らを少しでも元気づけてやりたかった。それに多少の嘘が混じってたとしても。
「分かった。できるだけやってみるよ」
俺がみんなを見回して言うと、歓声が上がった。もちろん、子ども達を起こさないように小さな声で。
「その代わり、風の結界がどこにあるのかは教えてくれ」
「はい。地図をさしあげます!」
トゲモンがすぐさま走っていった。他のデジモンは、「この子達に食料を持たせてあげなきゃ」と話し合っている。
そうだ。一つ聞いておくことがあった。
「このエリアに、白くて横に長い建物ってないか?」
全員が考え込んだけど、モジャモンが声をあげた。
「建物ではないかもしれないが、白くて横に長いものなら知ってるぞ。ここに来る前に俺達が住んでいた所だ。氷のエリアに近い場所で、白い雪の壁に、仲間が横穴を掘って暮らしている」
白くて、横に細長くてすごく大きくて、デジモンがいる。一応少年の話と同じみたいだな。
トゲモンが地図を持って戻ってきた。モジャモンがそれを机に広げて、万年筆で線を引いた。
「ここが今いる場所。北東にまっすぐ、二日ほど歩いたここに風の結界があった。俺の住んでいたのは、結界から更に一日歩いたこの辺りだ」
一直線で結ばれた三つの丸ができた。これなら迷う心配もないな。みんなには悪いけど、結界の辺りは様子だけ見て、少年の記憶探しに行かせてもらおう。実際の俺にできるのはそれくらいだ。
俺は地図をたたんだ。
「ありがとう。一日後に出発する」
「どうかよろしくお願いします」
みんながまた深々と頭を下げてきて、俺の胸が小さく痛んだ。
もう一晩休むと、少年の顔色もよくなった。
それでも念のため、荷物は俺の分を多くした。ほとんどはプレイリモン達が用意してくれた食料だ。革製の丈夫なリュックサックも、俺達のために二つ持ってきてくれた。
少年は黙々と自分の食料をリュックサックに詰めている。声をかけようとして、肝心なものを決め忘れてる事に気づいた。
「お前の名前、決めておかないとな」
これから旅をするのに、ずっと「お前」って呼ぶわけにもいかない。少年も言われて気づいたみたいで、顔を上げてまばたきした。
それから手を止めて、うーんとうなり始める。俺も手を止めて考える。言い出したはいいけど、名前なんて、学校のウサギの名前しか考えた事ないぞ。「ウサぼうにしようぜ」って言ったら女子に大ブーイングを食らった。嫌な思い出だ。
と、それは置いといて。記憶をなくして大変なわけだし、明るい感じがいいよな。
「
「望、ノゾムか……」
少年は考え込んで、名前を繰り返している。
でもすぐに顔を上げて、小さく笑った。
「うん。それがいい」
「決まりだな。じゃあ行こうぜ、ノゾム」
まとめた荷物をかついで、二人とも立ち上がった。
プレイリモン達に見送られて、草地を歩き出す。相変わらずの暗い天気と空気だけど、一緒にいてくれる奴がいるだけで、ちょっぴり心強い。進化できないのはまずいって分かってるのに、戦えない仲間がいる事に変な安心感がある。
遠い未来の事は分からないけど、今はノゾムの記憶を探して歩こう。そう思った。
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ノゾムの名前が基本カタカナ表記なのは、無印のヤマトやタケルと同じ理由です。別に読めなくはないんですけど、「ノゾミ」と混ざるかな、と思いまして。ようするに、表記に深い意味はないです。
さて、名前も決まった所でノゾムのイメージ図を上げておきます。
こんな感じ↓
だれが、なんと、言おうと! 男の子です!
どっちつかずな感じになってしまったのは、ひとえに星流の画力のせいです(泣)
……まあ実際ノゾムは中性的な顔立ちしてると思います。いや、画力に設定を合わせたわけではなく!
今回初登場のデジモン