キャンドモン達がわずかずつ距離を詰めてくる。拓也と友樹の足も、それに合わせて少しずつ下がっていく。
背後で友樹がひっと声を漏らすのが聞こえて、ようやく拓也は崖の縁に追い詰められたことに気付いた。谷底には青黒い水の流れる川。暗いせいか焦りのせいか、川ははるか遠くにあるように見えた。怖いもの知らずの拓也でも、足がすくむ。
拓也はこぶしを握り、自分の足を思い切り叩いた。自分が怖がっている場合なんかじゃない。今の拓也には友樹を、年下の仲間を助ける義務があった。年上として、当然の。
活路を探して忙しく動く拓也の目が、黒い獣の姿を捉えた。確か、名前はライドラモン。拓也達を見上げる位置に駆けつけ、その足が谷川のふちで止まる。その背には大輔がまたがり、拓也達を見上げているのが分かった。
友樹が拓也の服を強く握りしめている。拓也は小声で語りかけた。
「俺が合図したら、お前は下の川に飛び込め」
友樹が顔を上げる気配がした。小さく、震えた声が聞こえてくる。
「僕、泳げないよ。それに、拓也……さんは?」
「心配するな。大輔とライドラモンが助けてくれる。俺もすぐに飛び込むよ」
友樹が少しでも安心できるように、ゆっくり言い聞かせた。
うん、と不安と信頼の入り混じった声が返ってきた。
拓也は改めてキャンドモン達に向き直った。拓也の手には長い薪が一本。途中で拾ってきたそれを木刀のように構え、敵をけん制する。キャンドモン達の注意が拓也に集中した。
「今だ、友樹!」
拓也は声の限り叫んだ。谷中に響き渡る声だったようにも、情けなく裏返った声だったようにも思えた。
それでも、拓也の耳には友樹が地面を蹴る音が聞こえた。拓也の言葉を信じて、飛び込んでくれた気配が。
谷の中腹には拓也一人が残った。
「ライドラモン!」
大輔が言った時には、ライドラモンは動いていた。
地面を強く蹴り、友樹の落下するそばに飛び込む。
大輔が手を伸ばし、友樹の腕をつかんだ。おぼれかけている友樹を、ライドラモンの背に引き上げる。
大輔に抱えられたまま、友樹が激しく咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「う、うん」
背中をさすってやると、友樹がどうにか頷いた。大輔も肩の力を抜く。
ひとまず川岸まで泳いで、大輔と友樹は地面に降りた。
続いて崖に立つ拓也を見上げ、大輔は大声を上げた。
「拓也! お前も早く!」
拓也が大輔達に顔を向ける。
そして、無言で首を横に振った。
顔をキャンドモン達に向けて、拓也が叫ぶ。
「お前らが目当ての人間はここにいるぞ! かかってこい!」
「何言ってるんだよ! 早く下りてこい!」
大輔の言葉にも、拓也は振り返らない。本気でデジモン相手に戦うつもりなのか。
無茶だ。大輔が戦えるのは、頼れるパートナーがいるからだ。あの輝二とかいうやつが戦えるのは、スピリットを持っているからだ。
何もない拓也が戦っても勝ち目はないのに。
拓也の行動に呆然としているのは大輔だけではなかった。
友樹も震えながら拓也を見上げていた。
「何で。すぐに飛び込むって、言ったのに! 何で僕だけ!」
「きっと、おとりになるつもりなんだ」
ライドラモンがつぶやいた。
「俺達だけ逃げろって事かよ!? そんな事できるか!」
大輔が拓也をにらんだ。
「大輔はーん! 何をもたもたしとるんじゃー!」
「たすけて~」
見ると、大勢のキャンドモン達に追われて走ってくる、ボコモン、ネーモン。それに泉と純平も。
大輔は奥歯を噛みしめた。確かに、ライドラモン一人じゃ全員を守って逃げ切る事なんてできそうにない。でも、だからって拓也を置いていくなんて。
キャンドモン達が熱いろうを吐いた。拓也は懸命に薪を振るが、次々と服や皮膚に当たる。白い煙がろうから上がる。拓也が顔をゆがめる。よろめいて、足を踏み外しそうになる。
「早く行け! 友樹……!」
それでも仲間に声を上げる。
「嫌だ! 僕だけ助かるなんて絶対に嫌だー!」
半泣きで叫んだのは、大輔ではなく友樹だった。
水に浸かるのも構わず、川の奥へ、拓也の元へ行こうとする。自分が泳げないことも、今は脳裏にないらしい。
「一人だけ見捨てるなんてできないよ! 必死に守ってくれたのに! 拓也……お兄ちゃん!」
谷の一角から、突如白い光があふれだした。
洞窟から放たれたそれに、全員の視線が集まる。
光を帯びながら現れたのは雪だるまのような形をしたスピリットだった。
宙をひとりでに飛んで、それは友樹の目の前で止まった。
「二つ目の、スピリットか?」
大輔がつぶやき、状況を見守る。
友樹は目を丸くしてスピリットを見つめた後、顔をひきしめ、自分のデジヴァイスを向けた。
「スピリット!」
スピリットが友樹のデジヴァイスに吸い込まれる。
友樹の左手に一輪のデジコードが現れた。友樹がそれをデジヴァイスで読み取る。
「スピリット・エボリューション!」
友樹の姿がデジコードに包まれる。
「チャックモン!」
まゆのように渦巻いていたデジコードが消えうせる。
そこには、二等身のシロクマのようなデジモンが立っていた。
◇◆◇◆◇◆
スピリットがない分、拓也がめちゃくちゃ体張る羽目になりました。