歴史に学ぶ? | 沖縄放蕩記

沖縄放蕩記

東京でのスロプ生活に飽きて、2010年から沖縄に移住。

日々の生活を、酒を片手に、徒然と。

良く言うよね~、愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ、ドイツの鉄血宰相ビスマルクの言葉。諺みたいに使われているけど、こいつそんな立派な人物じゃねえぞ?鉄血、ドイツの統一は鉄=武器と、血=戦争によってのみ成し遂げられる、と演説した、だから鉄血宰相。

 

どっちかと言うとやばい奴だろ、高市以上だぞ?戦争ばんばんやろうね、って言ってる首相なんだから。ドイツ人に崇められるのは兎も角としても、こいつの言葉を金科玉条にするのは絶対に違う。

 

俺としては寧ろ逆だと思っている、自分の経験、自分の目と耳しか信じない。歴史なんて所詮他者が作った物だ、他者の経験、それに身を委ねると言う事は他者に自分の運命を任せると言う事、はっきり言えば宗教と同じだ。

 

例えばユダヤ人は聖書を真実の歴史、人間の叡智の集大成と信じて疑っていない。キリスト教なら新約聖書、イスラムならコーラン、創価なら人間革命、どの宗教でも同じだ、信者はそれが歴史に学ぶ事だと思っている。

 

宗教色が薄い、俺の様な宗教が大嫌いな人間からすれば、余りにも気違い過ぎる。人に従うって事が大嫌いだからな、指図なんざされたくねえ。つまり、歴史に学びたくねえって事よ。常に疑って掛かる、本当かどうかなんざ分からねえからな。

 

実際歴史の教科書だってしょっちゅう内容が変わる。更に国によっても全然違う、自国の主張があるからな、視点が違うから。中国の歴史書にはでかでかと日本軍を非難する内容が書かれているだろう、こっちではさらっとしか扱わないが。

 

南京の数字も全然違うだろうし、台湾尖閣の扱いも同様、つまり歴史に学ぶなんて事は出来ないと思って良い。何が真実かなんて一切分からない、闇の中。そんな物から学ぶなぞ危険過ぎる、だから、とりあえず知識は増やそうとはするよ、でも全て疑え。簡単に言えば、無知の知。