泣く?・その2 | 沖縄放蕩記

沖縄放蕩記

東京でのスロプ生活に飽きて、2010年から沖縄に移住。

日々の生活を、酒を片手に、徒然と。

なんかね。以前父方の爺さんが死んだ時に思ったんだが、介護で一番大変だった俺の親は泣きもせんよ。そりゃそうだろうな。ほっとしたというのが正直なところだろう。が、面倒なんざ見もしなかった兄弟姉妹に限ってわんわんと。泣きゃ済むんなら楽でいいぜ。

もっと言うか。そんなに思いがあるんなら、棒読みの挨拶にはならねぇんだよ。故人の思い出とか、テンプレそのままばっかじゃねぇか。いや、いいよ。俺は所詮形だけやればいいと思うから。ま、泣くのもテンプレか。そう考えりゃあ一応の納得はするか。

数年前、親父が癌で手術だったときも同じことを思ったな。死ぬかもしれないと聞いても、ああ、そうか、ぐらいだった。若い頃から不摂生をしてきた親父が早死にする可能性は十分に想定していたし、その時が来たのかな、ぐらい。

俺は、手術直後、万一のために病院の個室で徹夜で待機ってことになったんだが、当たり前のごとく飲んでたよ。万一って言ったって、医者がどうにも出来ねぇのに俺がどうにかできるわけがねぇし。最後を看取るぐらい?ま、一応酔いつぶれねぇようにはしてたけど。

なんか、死ってのがタブーすぎるんだよね。本来日常の出来事だろう。無論自分の死もね。それぐらいの覚悟はせんと。