昨日 夕食の後 ソファで本を読んでいたら
急激に眠くなってしまい
気がついたら夜中の12時を回っていました
今日は瞑想するのはパスかな・・・と
思いつつ お風呂に入りました
その時 先日の講座中に誰かが
「お風呂で瞑想をしてもいいのですか?」と
質問して
講師が
「のぼせなければ いいですよ」と
笑いながら答えていたことを思い出しました
そこで 湯船につかりながら
「無い 無い 愛の光・・・」と
心の中で唱え
真我瞑想をしてみました
すると 突然心の中に
≪子育ての究極の目的は 子供を手放すこと≫
という思いが浮かびました
そして 10年ほど前に『聖なる日常』(文芸社)を著した時
私の中で まだクリアできていなかったのが
このことだったことを思い出しました
自分自身よりも大切で 愛おしくてしかたのない
『子供』という存在を 本当に手放すこと・・・
私が子育てを完成させるために
最後にクリアしなければならない課題は これだったのだ!
色々な出来事を通して
ようやく私はそのことをクリアできるところまで
たどりついたのかもしれない
そのことに気づいた瞬間
なぜか 子供たちへの感謝の心がわきおこり
涙があふれました
急激に眠くなってしまい
気がついたら夜中の12時を回っていました
今日は瞑想するのはパスかな・・・と
思いつつ お風呂に入りました
その時 先日の講座中に誰かが
「お風呂で瞑想をしてもいいのですか?」と
質問して
講師が
「のぼせなければ いいですよ」と
笑いながら答えていたことを思い出しました
そこで 湯船につかりながら
「無い 無い 愛の光・・・」と
心の中で唱え
真我瞑想をしてみました
すると 突然心の中に
≪子育ての究極の目的は 子供を手放すこと≫
という思いが浮かびました
そして 10年ほど前に『聖なる日常』(文芸社)を著した時
私の中で まだクリアできていなかったのが
このことだったことを思い出しました
自分自身よりも大切で 愛おしくてしかたのない
『子供』という存在を 本当に手放すこと・・・
私が子育てを完成させるために
最後にクリアしなければならない課題は これだったのだ!
色々な出来事を通して
ようやく私はそのことをクリアできるところまで
たどりついたのかもしれない
そのことに気づいた瞬間
なぜか 子供たちへの感謝の心がわきおこり
涙があふれました