近年、国防課題について元自衛官の方がメディアに出演し、解説をされる場面をよく見るようになりました。
現役時代は公に発言できなったことを、退官後は識者あるいは専門家として語り、国民にも現場の実態や国防問題を理解する視点を提供してくださることはとてもありがたいことだと受けとめています。
そのような中、5月3日の憲法フォーラムには前防衛省事務次官・島田和久氏が提言されました。
いわゆる”文官”として、安全保障の実務を担ってこられた方ですね。
島田氏は冒頭「この37年間(職務在任期間)、我が国を取り巻く脅威と向き合う日々でしたが、同時に、誤解を恐れずに申し上げれば、憲法と向き合う日々でもありました。直接の相手は内閣法制局でした」と語り、その後、衝撃の事実を明らかにしています。
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法制局の事を「法の番人」と言う方もいらっしゃるようですが、防衛に関する憲法解釈を担当するのは普通の役人です。
農林水産省や旧自治省、旧大蔵省、こういう普通の役所から出向してきた方々が憲法解釈を担当しているのです。
通常の人事のローテーションで出講してきて、何年間か法制局で仕事をして、また出身省庁に戻っていく。
憲法の専門家でも、ましてや安全保障の専門家ではありません。
これが実態であり、真の姿です。
では、彼らはどうやって仕事をするのか。
参考にするのは、過去の国会答弁、前例です。しかし、安全保障の現実を見る時に、前例どおりにはいきません。未来を向いて仕事をする必要があり、過去を向いた前例主義とは大きな摩擦があるというのが現実です。
そのような中で、憲法が許すぎりぎりの隙間を縫って、多くの法律をつくってきました。その結果が「ポジティブリスト」と言われる今の姿です。
過酷な任務に当たる多くの自衛隊員に、自らの命を守ることよりも、憲法を守ることを強いてきたのではないか、内心忸怩たるものがあります。
なぜこのようなことになってしまったのか。法制局が悪いとは私は思いません。
それは憲法が、自分の国は自分で守るという独立国家としての最低限の意思さえ示してくれていないからです。
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島田氏の内心の披歴に、痛切なるものを感じました。
独立国家としての「国家意思」。
もし、現行日本国憲法にその意思を問うならば、それは「占領軍による日本弱体化」と言い得るのではないでしょうか。
憲法制定から77年、日本の新たな国家意思を示す時が「今」なのだと思いを強く致します。