照宮さまのことについて私が知ったのは、全くの偶然にすぎません。
そもそもの始まりは、「祖国と青年」誌上にも「歌壇」がありますが、和歌について勉強したいと思ったのです。歌はただやみくもに詠めば上達するというものでもなく、やはりよい歌をたくさん知らなければなりません。それには、誰か好きな歌人を見つけるのがいいのですが、私の場合、なかなかこれという人に出会うことができませんでした。
それで、歌をよく詠まれた天皇について勉強してみようと思い立ちました。もちろん近くは明治天皇がいらっしゃいますが、せっかくなので古い時代の、これまであまり勉強してこなかった天皇に注目してみようと思って、まずは「新古今和歌集」を編纂された後鳥羽天皇について少し勉強してみました。
その次に、伏見天皇です。少し調べてみると、伏見天皇を研究されている方に岩佐美代子という方がいて、その岩佐さんの『宮廷の春秋』という本を、図書館で借りて読みはじめました。
実はその岩佐美代子さんが、少女時代に照宮さまに仕えていた方(今で言う「ご学友」ですね)で、その本に照宮さまとの思い出をいろいろと書かれていたのです。
岩佐さんはその本で、昭和47年にグァムで発見されて帰還した元日本兵・横井庄一さんについて書かれた川口久雄氏の文章を紹介しているのですが、その一節に次のようにあります。
「徹底的に先陣訓をたたきこまれてきた『一人の洞窟の中の仕立屋(だった男)』は、天皇の兵器(銃)を返却しないでは死ねないという責任感をバネに生き続けてきたようだ。彼が洞窟からたすけ出された時、最初に発したことばは、
『天皇はどうしているか』
『照の宮はどうしているか』
という質問だったという。洞窟の瞑想者を支えたものは、生ける神としての天皇の存在であった。彼の第一の関心は天皇の分身としての一内親王の存在についてであった」