『野守』は『能楽紀行』で取り上げたものであったが、同じく宝生流宗家の企画に『夜能』があり、作家陣が現代語訳した謡の文言を打ち掛けなど羽織った優れた声優の皆さんが舞台で朗読し、バックで篳篥(ひちりき)や琵琶が鳴る。そのあと宗家の司会で、読み手、書き手によるトークを挟んでから、実際の能の演目が行われるという濃い内容である。
その『夜能』で私が担当したもののひとつに、『鞍馬天狗』があった。
鞍馬といえば、金星から六百五十万年前に降臨したという「護法魔王尊」が祀られ、本尊「尊天」は毘沙門天王、千手観世音菩薩、護法魔王尊の三身一体という類を見ない形だが、トーク内でそこは特に語らなかった。そのあたりは『見仏記』の領域である。
作品としては、山中に咲き誇る桜もさることながら、老いた大天狗がのちの義経である沙那王に抱く恋心が、一編になまめかしさを点じている。まるで山奥に展開する『ベニスに死す』のように。いやまあ、ここでは老いた者が異界の屈強な存在なのだが。
ちなみに二十世宗家・和英氏は、私の現代語訳を読んで、観客に配る紙の最後に以下の一文を添えていただけないかとおっしゃった。
「こうして牛若、すなわち源義経の物語が始まる」
さすが、これは見る者に対してきわめて効果的な幕開けの言葉、ひとつの能が終わった途端、そこから大きな物語のネットワークが広がりゆく一行であった。
今回も末尾に、カッコにくくりながら置いたので、続けて読むなら宗家との共訳とも、私としては言い張れる。
『鞍馬天狗』
一人の男があらわれる。
「こうして出て参りましたのは、京都鞍馬山の奥、僧正が谷に住む山伏でございます。なにはともあれこの山で花見があると聞き及びましたので、出かけていって遠くから梢だけでも眺めたいものだと考えております」
と、そう語る間に、西の谷にある寺の下働きをする者がやってくるのだが、彼は次々あらわれる東谷の稚児や僧侶に手紙を渡して花見へ招待するのである。
「わたくし、鞍馬寺にお仕えする者でございます。この山で毎年花見がございますうち、ことに今年の花はいちだんと見事。そこで東谷の僧坊にただいま、ご招待の文を持って参った次第でありまして」
文を持った者はみなにしらせる。
「さあさあ申し上げます。西谷からお使いに参りましたぞ。ここにお手紙がございます。ご覧ください」
男が状を差し出すので僧侶は答える。
「おお、西谷からのお誘い。なになに『西谷の花、今こそ盛りと見えますのに、なぜお尋ねの便りもくださらないのか。こちらから一筆啓上いたします。昔の歌に言うように<今日見なければ悔しいだろう桜の盛り。咲き残らず花はすべて開き、散り始めることもない>。まことに愉快な歌の心のままです。たとえ誘いの便りがなくたって、いらして木陰で憩うべきであるのに』」
花が咲けば知らせようと言った山里から、告げようと言っていたその里から、使いが来たぞ。馬に鞍を置け。鞍馬の名物、馬具の宝珠に似たうず桜。その細枝を折り、目印にしていけば山奥へ入り込んでも迷いはしまい。咲き続く桜の木陰に並んで座り、さあさあ花を眺めようではないか。
と、東谷の一同は西谷の桜の下に出かけ、そこに陣取る。
僧侶は言う。
「やあ寺男」
「お前におります」
「幼い方々を連れておるので、何でもよい、一曲お舞いください」
「かしこまりました。
♪『いたいけなものと言えば、張り子や陶器の稚児人形。しゅくしゃ結びにささ結び、山科結びはみなおもちゃ。風車、瓢箪に付けた小鳥の作り物はヤマガラ、胡桃をつつく鳥もよい。虎の柄した犬人形、起きあがりこぼし、小さくつないだ振り鼓、手鞠、やじろべえ、蹴る鞠、弓の手遊び』
寺男はのんびり歌い踊っていたが、ハッとして動きを止める。
「いや、あそこに見慣れない山伏がおられる。ともかくこのことを報告せねば。
東谷のお坊さまに申し上げます。あそこに山伏がおられますぞ。これはいかにも無法者。追い払おうと思いますが」
しかし、僧侶は言う、
「いやいや、確かにこのお座敷は源平両家の若い者たちがおのおのおいでになるので、ああした部外者は適当ではありませんが、しかしまた、そんなふうに申し上げれば人を選別するようなことになります。花は明日ご覧いただくことにして、まずここはお立ちになるのがよかろうかと」
「いいえ、それはおことばではありますが、あの山伏は追い立てるべきです」
「いや、ただここをお立ちなさるのがいいでしょう」
と言い合ううち、僧侶や稚児たちはひとりの少年を残して去っていってしまう。
寺男はそれを見て言う。
「いやはや、これはどうしたことだ。皆さま、奥へおいでになられてしまった。この佳境に入ったお座敷をしらけさせてしまったのもあの山伏ゆえ。おのれ思いのままに出来るなら、こいつをお見舞いしたいものだが」
と拳を振り上げ、こう繰り返して寺男は走り去っていく。
「ああ腹の立つこと、腹が立つ。腹が立ってならぬ、腹の立つ」
少し時が経ち、やがて山伏はその場でひとりごちる。
「『遠くに人家を見つけ、花が咲いていれば敷地へと入るが、その時身分の別も、親しさの別もわきまえないのが春の花見の習い』と古い歌にもあるが、俗世から遠い鞍馬山、本尊は慈悲深き多聞天であるのに、慈悲の心のない人々であること」
すると、残された少年が言う。
「まことに、花の下で半日をともに過ごし、月をあおいで一夜を明かす友、それだけでもゆかりある間柄なのに、ああお気の毒に。近くへ寄って、花をご覧なさいませ」
「お許しを待(ま)つなど思いも寄らず、声さえ立てずにいた松(まつ)虫のような私、誰にも知られぬ深山桜のような身の私に、情けをいただくありがたさ」
山伏はそう言って続ける。
「私は、この山に」
それに少年は答える。
「いるとは誰も知(し)りはしない者。白(しろ)い雲さえ、人と立ち交わらなければ知ってはもらえない」
そこで山伏は古い歌を引用する。
「『この年でいったい誰を親しい友とすればいいものか。あの高砂の浜の』」
「『長寿の松だって』」
「『別に昔からの友(とも)という相手でもなく』」
共(とも)に飛ぶカラスも鳴きわめいて、世間に物笑いの種を蒔くように騒ぎ、と山伏は続ける。噂の言の葉が生(お)い繁って、あなたのような少年に恋心を抱くこの老(お)いた者を分け隔てしませんように。垣根の梅のように美しい人よ、そうであってこそおさな子の情けというもの。
花といえば必ず春には咲く約束。が、人(ひと)は一(ひと)夜を親しく過ごしても、そのあとはどうだろうか。突然に心はうつろになり、狩り場の楢(なら)の木のように見慣(な)れて親しみを抱いてもらえるかと思えばそうではなく、こちらの恋心ばかりが増すだろう。それが悔やまれる。
そう言ってから、山伏は少年を見て続ける。
「さて申し上げますが、ただいまいらっしゃった稚児たちはみなお帰りになったのに、なぜあなた一人はここにおいでになるので?」
「そのことですが、ただいまの稚児たちは平家の一門。中でも安芸守清盛の子供であるから、この寺でのもてはやされ方、他の寺での評判など、今を時めく花」
そして少年は正面を向いて言う。
「一方、私と言えば同じ寺にはあれ、何事につけてもみじめなことばかりで、月にも花にも見捨てられたようなものなのです」
「ああ、いたわしいことで。そうは言いながらあなた様は、常磐御前を母とする三男、毘沙門の沙の字をとってそのお名前も沙那王殿とお付け申し上げられたお方。まこと哀れなこと、そのご身分を知れば、まるでここ鞍馬の暗い木陰に差す月影」
見る人もない山里の桜花。他の桜が散ったあとにこそ咲くとよいのに。ああ不憫でならないこと。
松に吹く嵐が花の咲いた後に訪れ、松に吹く嵐が花を終えた枝に来て、雪のように花びらを散らせ、雨となると歌にあり、嘆く猿は雲に向かって叫び、断腸の思いをあらわすと言うが、同じようにもの寂しい様子だ。夕暮れのわずかな光を残す花のあたりに鐘は聞こえるが、夜はなかなか訪れず、奥の暗い鞍馬山の山道では、花だけが道しるべ。こちらにおいでなさい。
そう言って、山伏はあちらこちらの桜を少年に見せて歩いたのであった。
そしてやがてこう言った。
「さあこうしてお供をしてお見せ申し上げた花の名所は、愛宕高雄の初桜をはじめ、比良や横川の遅桜、吉野初瀬の名所などなど、見残した場所もございません」
そう言われて少年は尋ねる。
「それにしても、私を慰めてくださるとはどのような方なのでしょうか。お名乗りくださいませ」
すると答えはこうであった。
「今は何を包み隠すことがあろう。われこそはこの山に生き続ける大天狗」
あなたさまは、と大天狗は続ける。源氏を率いる者ゆえに兵法の奥義をお授けし、平家をお討たせ申しあげよう。そうしようとお思いになるならば明日、お会いいたそう。それではと山伏は、僧正が谷を突っ切り、雲を踏んで飛び去りゆく。湧き立つ雲を踏んで飛び去ってゆくのであった。
<合狂言>
こうして山伏も少年牛若もその場を去ると、どれほど時が経ったあとか、木の葉天狗が二人あらわれる。
木の葉天狗の一方はこんな風に言う。
「ここにおりますのは、鞍馬の奥、僧正が谷にいらっしゃる大天狗にお仕えいたす木の葉天狗であります。ただいまこうして出てくること、他でもありません。当山において西谷東谷と申す寺がありますが、毎年番を決めて花見をいたしますところ、ちょうど今年は西谷の番にあたっておりましたので、東谷の者たちはみなで申し入れをし、花見をなさっておりましたのを、大天狗は愉快にお思いになり、そっと覗こうと山伏になっておいでになりました。
ところがそれを寺男が見つけ、追い出そうとか引っ立てようとか申すのを、東の院の主が申されるには、当山と山伏はゆかりのあることゆえ、みなみなよその花をただ御覧あれと、奥へお入りになったそのあとに、沙那王殿ひとり、気落ちして残っておられたのを大天狗は御覧になり、今いた稚児たちはみな出かけていかれたのに、なぜあなたひとりがここにお残りなのですかと申されたところ、沙那王殿のおっしゃるには、その通りただいまの稚児たちは平家の一門、中でも安芸守清盛の子供なので寺での立場、他の寺での扱いもよいのです、私も同じ寺におりますが、すべて顔の立たないことばかりで月にも花にも見捨てられ申すようなありさま、その心苦しさを御推量くださいとお申しになったのです。
大天狗は、ああいたわしいこと、もったいなくもあなたは源氏のおかしらでいらっしゃいますぞ、花が御覧になりたければお見せいたしましょうと、それから愛宕高雄吉野初瀬、とそこかしこの桜をお見せ申し上げ、是非とも兵法を伝え、平家を討たせ申しましょうと、さまざまお教えになられた。
もともと牛若は要領もよく、利発でいらっしゃることもあり、木の葉隠れやこうがい隠れ、霧の印などと呼ばれる忍術の極意まで大天狗はお伝えし、ゆえに我々ごとき木の葉天狗にもまかり出て沙那王殿と太刀を合わせよとのこと。ゆえにここまでやって来た次第」
そう言って、木の葉天狗のひとりは前に出て、勢いよく言葉を発する。
「みどもはその沙那王殿と斬り合おうと思うぞ」
するともう一方の木の葉天狗が言う。
「いやいや沙那王殿は早くもこうがい隠れや木の葉隠れ、霧の印などという極意までお伝えを受けたのだから、我々ごときが勝てるわけはない」
「いやいやみどもは沙那王殿と太刀を交わし、おそらく勝ってみせるであろう」
「それならばさあ稽古しよう」
「それがいいだろう」
「こっちへ寄ってくれ」
「わかった」
木の葉天狗は互いに近寄る。
「それそれ」
「えい、それ。それそれそれ」
と打ち合ううち、威勢のよかった木の葉天狗は泣き言を言う。
「ああみどもはかなわぬ。許してくれ許してくれ。許してくれ許してくれ。帰るぞ帰る、帰るぞ」
「やいちょっと待て。どういうことだ。もうどこかに行ってしまった。俺ひとりではどうにもならない。とにかく沙那王殿を呼び出し申そう」
そう言って残った木の葉天狗は沙那王を呼ぶのだった。
「さあさあ沙那王殿、沙那王殿」
すると牛若はあらわれる。
「さてそのいでたちはと言えば、肌には薄花桜色の単衣、紋を織り出した沙の衣をその上にはおり、袖をくくる『露』と言われる紐を結んで肩にかけ、白糸で編んだ袖なしの鎧を着、持つのは白木の柄のなぎなた」
たとえ天の魔物、鬼神であってもこれほどの姿はあるまい。嵐の中の山桜のように華やかな装いである。
続いて大天狗も登場する。
「そもそもわしは鞍馬山の奥、僧正が谷に年久しく住む大天狗」
まずわしのお供の天狗は誰かと言えば、
「彦山(ひこさん)の豊前坊」
四国においては、
「白峰(しらみね)の相模坊、大山(だいせん)伯耆坊」
信州飯綱(いづな)の三郎、富士太郎、吉野大峰の前鬼(ぜんき)たち、また葛城(かづらき)高間までは数えるまでもなかろう、このあたりで言うならば、
「比良(ひら)や」
横川(よかわ)や、
「如意が岳」
おごり高(たか)ぶる高(たか)雄の天狗、人に仇(あだ)する愛(あた)宕の天狗などなど、霞とたなびき、雲となって群がり、
「月をさえぎって鞍馬の暗い、この僧正が谷に」
充ち満ちて峰を動かし、嵐や木枯らしは吹きあがり、滝の音とどろき、天狗倒しと言われる物音がおびただしく響いておる。
と、名乗って大天狗は続ける。
「さて沙那王殿よ、今、小天狗を向かわせ申したが、稽古の手際をどれほどお見せくださったかな」
「そうでした。たった今、小天狗どもが来ましたので軽く斬りつけて、稽古の手際をお見せしたくはありましたが、師匠に叱られ申すかと思いとどまっておりました」
「ああ、それはご立派なこと。ある話を語ってお聞かせいたしましょう」
そう言って大天狗は語り出す。
「さてさて、漢の国を興した高祖の臣下に張良(ちょうりょう)という者があり、黄石公(こうせきこう)から兵法の極意を伝え受けたのだった。というのもある時、馬上で黄石公に行きあった折のこと、どういうわけか黄石公は左の靴を落とし、『やあ張良、あの靴を拾って履かせてくれ』と言う。心安らかには思わなかったが、張良は靴を拾って履かせたのだった。
またそののち、以前のように馬に乗った黄石公と行きあうと、今度は左右の靴を落として『やあこれは張良、あの靴を拾って履かせてくれ』と言うのだ。なお気持ちは安らかではなかったが、いやいや兵法の極意を伝え受けるためにはと考え、落ちた靴を拾いあげて」
張良はそれを捧げ持ち、馬上の石公に履かせた。おかげで師の心は和らぎ、兵法の奥義を伝えたのだという。
話し終えて大天狗はこう言う。
「そのようにあなたさまも」
その張良のようにあなたさまも、なんとも華やかなご様子でありながら、姿も心も荒々しいこの天狗を、師匠だ、ご僧侶だともてはやしてくださるのは、なんとしても兵法を残さず伝え受け、平家を討伐しようとお思いなのであろう。殊勝なこころざしであることよ。
そもそも武芸才略の栄誉とは、と大天狗は語り続ける。
そもそも武芸才略の栄誉とは、源氏平家藤原橘、この四家のうちにある。中でもとりわけ、源の祖先たる清和天皇、その子孫としてそなたはおわし、大きく時の巡りを考えるに、やがて驕れる平家を瀬戸内に追い詰め、青く煙る波の上を雲に乗って飛びゆく兵法を伝え受けて敵を倒し、古代中国で言う会稽の恥をすすぐであろう。
そのあなたさまをわしは守護する。
ではこれまで、と大天狗がお暇を申して立ち去ろうとすると、牛若はたもとにおすがりになる。
すると大天狗は、まことにお名残惜しい、わしは九州や四国の合戦においてもそなたさまの身を離れず、弓矢の力を添えて守ろうぞ。頼みにせよ頼りにせよと言(い)うかと思えば、夕(ゆう)影暗い鞍馬の梢に走り飛び、立ち消えてしまったのであった。
「こうして牛若、すなわち源義経の物語が始まる」