2024年9月、安藤礼二氏に招かれて吉野へ行き、そこで秘められた名所など数々訪ねつつ、私はあれこれ思いつくままにしゃべったのだが、その途中で話を『群像』で緊急にまとめると聞き、それならば自分でも足を踏み入れた国栖、その小さな土地を舞台とする能の現代語訳をどうしても入れたいと思い立って、帰京して二日ほどで入稿した。

国栖は谷崎潤一郎の『吉野葛』にも出てくる重要な場所だし、あたりはどこかで私に中上健次の『熊野集』のことをしきりに思い出させた。

そういう磁場を訪ね歩いた晴天の日の熱気が唐突な翻訳を生んだということになるだろうか。

 

 

『国栖(くず)』 

 

 思いもよらず皇居から出ることになってしまった春の夜。月のように美しい都が名残惜しい。

 と嘆く、数人の声が山の中でする。

「道が正しく行われるなら、飛騨の位(くらい)山と言うのではないが、この御方の位は帝王へと」

「のぼらないはずもないのだが。今はただただ神にお頼みしよう」

 ということは、男たちはやんごとなき方に仕える者であろうか。

「ここにおわすのは、神の風が爽やかに吹く五十鈴川、すなわち天照大神(あまてらすおおみかみ)の古くからの血統の末である身(み)の、御裳濯(みもすそ)川とも呼ばれる流れの中にいるような、いかにも清(きよ)い浄御原(きよみはら)の天皇でありますぞ」

 やはりそうだ。彼らは侍臣なのだ。

 続いて御輿を担ぐ者の一人が言う。

 この君は御譲位によって天皇の御位をお受けになるべきところ、御伯父である大友皇子(おおとものみこ)に襲われ給い、都から遠い片田舎の慣れない山野を、草木の露に濡れながら道の果てまで落ちておられるのだが、これも御行幸と思えばたのもしいことだ。

 すると、もう一人もこう言い出す。

「我が身に飽(あき)き飽きしながら宇陀の秋(あき)山を越え、そこにある帝たちの狩猟場をよそ目に見て」

 牡鹿たちが伏す春日山、ああ牡鹿の群れる春日山を出て、春日の三笠(みかさ)ではないが水(みず)かさを増させる春の雨の、その音はどこから聞こえるのかといえば吉野川で、しばらくの間は吉野だけに花曇りであろうが、春の夜の月はやがて雲の上、皇居へお帰りになるに決まっている。その望みを懸(か)け、玉の御輿を舁(か)くのだ。望みを懸けて、御輿を舁くのである。

 と進むうち、侍臣が天皇にお伝え申し上げる。

「どことも知れない山中にお着きになりました。しばらくここでお休みなさいますよう」

 みなは腰を下ろす。

 

 やがて、小さな舟が見えてくるが、男たちはまだ気づいていない。

 二人の老いた者が乗っている。 

 一人は棹を使い、一人は釣り竿を右肩に乗せており、夫婦のようだ。

 翁の方が言う。

「ばあさん、ごらんなさい」

「どういたしました」

「この老いぼれのあばら屋の上に、見たこともない星が輝くのを拝みなすったか」

「どのあたりでございますか」

「あの森の梢のところに見えていますぞ」

「いや本当に、あのあたりに紫の雲がたなびいて、ただごとではない様子で」

「おお、ただごとではない雲だ。そういえば、天子のいらっしゃるところにめでたい雲が立つと言うが、それにしてもこんな老人どもの住まいに」

「そのような貴人がいらっしゃるものでしょうか」

 と、舟を岸に漕ぎ止めて我が家へ向かい、見てみれば謎めいたことだが、思っていた通りあばら屋の前に、金銀珠玉をつけた冠をかぶっておられる方がおいでになり、お召しになった直衣(のうし)の袖は、

「露や霜に濡れておいでだけれど」

「さすがにまぎれもなく」

「貴い御様子」

 浄御原の天皇でいらっしゃるとはのちに思い知(し)ったが、老翁は白(しら)波の上に竿を置き、

「これほど賤しい、柴(しば)で作ったあばら屋が、しばしの御在所になるとは、定めのない世の習いとはいえ、不思議であるぞ、この世にはまことに不思議なことがあるものです」

 と言うと、侍臣たちの方を向いて尋ねる。

「さて、これはいったいどういうことでございますか」

 侍臣は答える。

「この御方は浄御原の天皇であらせられるが、大友皇子にお襲われになり、ここまで落ちておいでになったのです。すべてを御老人にお頼りになるおつもりとのこと」

 翁は迷いなく述べる。

「謹んでお受け申し上げます。ここはこの老いぼれの家でございますので、見苦しいところではありますが、いつまでもおいでくださいませ」

 すると侍臣はこう言う。

「もし御老人、面目もないことなのですが、こちらの君は二、三日、何もお食事をなさっていないのです。どんなものでもけっこうですから、どうぞお食事を差し上げてください」

「妻にそのことを伝えましょう」

 翁は媼に言う。

「ばあさんや、こちらにいらっしゃるのは、おそれおおくも浄御原の天皇さまであられる。大友皇子に襲われなさり、ここまで落ちておいでになられた。なんと驚きあきれるようなことではないですか。そしてこの二、三日何もお食べになっていないのだそうで、どんなものでもよいから、お食事を差し上げよとのこと」

「ならば、ちょうどここに摘んだばかりの根芹があります」

「おお、それこそいいお召し上がり物ですな。わしも国栖(くず)でとれた魚を一匹持っておりますので、これをお食事に差し上げましょう」

 媼はあまりのおそれおおさに胸を騒がせつつ、沢に生(お)い茂った根芹の若(わか)菜を、老(お)いた身ながら心を若(わか)やがせて取りそろえ、お召し上がり物に差し上げたのであった。

 ゆえにこそ、吉野川を『菜摘の川』とも呼ぶわけである。

 さらに老夫婦はこう申し上げた。

「わしも今日釣った鮎を、色濃き紅葉を林間に焚きというような詩が白楽天にあるように」

「このような君に差し上げられるありがたさの中で、焼き」

 お食事として供えたのであった。『吉野の国栖』という宮中での行事も、この御代から始まったことだという。美味とされる蓴菜(じゅんさい)の吸い物やスズキも、これらの食べ物にどうしてまさることがあろうか。

「さて御老人、間近く参れ、さあ御老人」

 侍臣がそう言う。

「ご老人よ、このお食事の残りをそなたにくださるとの君の仰せでありますぞ」

「いやもったいないこと。では魚をひっくり返していただきましょう」

「ふむ、ひっくり返していただくとはどういうことで」

「そうすることが国栖魚の習わしとされているのでございます」

 と言って翁は立ち上がり、媼に語りかける。

「ばあさんや」

「何事でありましょう」

「これはお召し上がり物の残りだが、わしにくださるとの仰せ。ごらんなさい、魚はまだ生き生きとしておりますぞ」

「本当に。まだ生き生きとしています」

「さあ、これを吉野川に放してみよう」

「ばかげたことをおっしゃいますな。放したところで生き返るはずもない」

「いやいや」

 と翁は言った。

「昔もそんなためしがあったのだ。神功皇后が新羅を平定なさったとき、戦の吉凶の占いのため、玉島川に釣り糸をお垂れになり、鮎をお釣りになった。同じようにこちらの君も、再び都にお帰りになれるなら、その兆しとして魚は生き返るであろう」

 そして翁が岩の間をたぎる水へと魚の残りを放せば、岩を切る流れへと放せば、あれほど急な早瀬の先であるのに、あれ見(み)よ、み吉野で吉凶をあらわす鮎はおのずから生き返(かえ)り、君が帰(かえ)る姿を写したのであった。

「これこそ国栖の占い。頼もしくお思いになられませ」

 ところが、そこで侍臣が気づく。

「ああなんと、追手がやって来てしまいました」

 翁は驚く。

「追手が来たと?」

「そうでございます」

「ばあさん、少しの間、この舟の下に君をお隠ししましょう」

 そう言って翁は舟を伏せ、浄御原の天皇をその中へとお隠し申し上げる。

 川の流れの音は増しに増す。

 そこに追手が入ってくる。

「やらんぞやらんぞ」

「どこへもやらん」

「や、これはどうしたことだ」

「何があったのだ」

「この山の麓までは追いかけてきたが、どこかへ見失ってしまった」

「山に次ぐ山、谷だらけゆえに見失ったのだな」

「まずここまで来なされ」

「わかった」

「まったくどこへいったものか」

「その通り、どこであろう」

 追手はそこで老人を見つける。

「やあ、ここにじいさんがいる。尋ねてみよう」

「やいじいさん、浄御原の天皇の行方を知らないか」

「なに、『清み祓(ばら)い』? 身の穢れを清めるやつじゃな。それならあの川下でやれ」

「おいこら、老いぼれていい加減なことを言うものだ」

「もしかすると耳が遠いのかもしれない。今度はもうちょっと大きな声で聞いてみたらいい」

「承知した」

 追手は声を大きくして問い直す。

「なあじいさん、浄御原の天皇の行方を知らんか」

「浄御原の天皇? 天皇だろうと誰だろうと、何をしにここまで来(き)たんだ、浄(きよ)御原まで。まったく聞きなれない人の名よ。そもそもこの山は天界のひとつ兜率天の内院ともたとえられ」

 媼も重ねる。

「または日本の聖地五台山、いわゆる清涼(しょうりょう)山として唐土(もろこし)の地までも」

「遠く続いている吉野山であり、隠れ場所の限りないところだ。それをどこまで尋ねるおつもりかな。もはやこれまでだ、帰られよ」

 追手たちは説得されかかり、

「いやまったく、ほんとにあのじいさんの言われる通り、どこもあてがないんじゃ尋ねることも出来ない。さあ戻ろう」

「それがいい」

「そうだそうだ」

 だが、一人がこう言う。

「ちょっと待て」

「何事だ」

「見れば、あそこに舟が伏せてある。あの下がどうも怪しいぞ。聞いてみよう」

「なあじいさん、その舟はなんでうつむけて置かれてあるんだ? その下が納得いかん。捜してみよう」

 翁はすぐに答える。

「なんだ、この舟の中を捜そうと言うのか」

「もちろんそうだ」

「これは乾かしているところだ」

「乾かしていようが納得いかんのだ。そこをおどきなさい」

 他の追手が足を踏み鳴らし、両刃のついた鉾を構え、弓に矢をつがえて威嚇する中、

「舟を調べる」

 と追手の一人はそこに近づく。

 翁はたちまち一喝した。

「わしはこのあたりで漁をして世を渡る者だ。漁師の身であれば、舟を捜されるのは家に踏み込まれるのと同じ。身分は賤しいと思うだろうが、あたりでは恐れられている者だぞ。孫もいれば曾孫も大勢ある。さあ、その谷この谷、峰々から皆の者、出てきてこの狼藉者を討っていただこう。討ち留めておくれ、さあ」

 追手たちは肝を冷やし、

「ああ、そんな風に大声でおっしゃるな。我々は戻るから」

「いやその」

「どうした」

「こういうところに長居は無用、早く戻ろう」

「それがいいだろう」

「さあさあ来たまえ来たまえ」

「行く行く」

「こっちへ来なされ」

「そうだ、そうだ」

 こうして追手が消えたあと、翁と媼は隠れていたみなに語りかける。

「さあお聞きください。追手の武士どもは帰りましたぞ」

 これこの通り、と翁と媼は示して力を振りしぼり、えいやっと声を上げて、舟を引き起こし、ぐったりとお弱りになった尊い玉体を船からお出し申し上げ、櫂(かい)はあっても甲斐(かい)のない御命(おんいのち)になってしまうところをお助かりになられたこと、喜び申し上げる。

 侍臣たちはその翁と媼を褒め称える。

「そもそも『君は舟、臣は水』と言い、水が舟を浮かべるように臣は君をお支えするものだが、この翁の忠節にかなうものはあるまい」

「ありがたいことだ、このように姿は下々の者だけれど」

「心根は気高(けだか)く、高(たか)い知略で、まことに身分の貴賤にはよらないものであったぞ」

「我が君は前世の十種の善の果報によって」

 このような貴人にお生まれになった身(み)で、御(み)裳濯川の流れのように尊く清らかであり、濁った世には住むことがお出来にならない。

「したがって、君として民を守り育てるはずであるのに、反対に助けられてしまわれた」

 すると、そこで浄御原の天皇は老人夫婦にお言葉をかけられる。

「これでは十種の善の果報を受けた甲斐(かい)もなく、櫂(かい)のない一艘の舟のようだが、行く末はついに天子の位へと帰ること、都に帰ること以外にはあり得ないのだ。この地は都ではないが、同じ秋津島、日本である。もし世の中が治まれば命の恩に報いよう」

 君のこのお言葉を肝に銘じ、翁と媼はありがたさに涙を流した。

 そのうちに夜は更け、静まり、おそろしい寂しさである。これまでの君の御心労を、さてどのようにお慰め申そうかと老人たちは思う。いやそうだ、そもそもここは月も雪も見(み)れば美しいみ(み)吉野であり、三(み)つ目の桜はなによりで、鳥も鳴くではないか。

 やがてその色や声は、管弦の糸を縒(よ)るような妙なる音の調べとなって聞こえ始め、また響く琴の音(ね)には『峯の松風通(かよ)うらし』と歌われた通りに風が響き、天から乙女が降りてきて、袖を返して舞い出す。

 のちの『五節(ごせつ)の舞』の初めがこれであろう。

 

 ふと気づけば、翁も媼も消えている。

 だがかわりに出現するものがある。

 まずあの乙女、天からの乙女子が、渡来の玉を手に持ってあらわれ、玉のように美しい琴の音にひかれて舞っていると、奏でられる音楽によって神々も来臨し、吉野の山の勝手八所(かってはっしょ)という場所に鎮座し、籠(こ)もっている神々、そしてまた木守(こもり)の神がその眷族をつとめる蔵王権現もついに姿をあらわそうとする。

 蔵王とは、まさしく王を蔵(かく)すという意味であり、吉野山に天子をお隠し申し上げた蔵王権現は、今ここにその御姿を顕現させる、今ここに御姿を顕わす。

 天を指す手は。

「胎蔵界をあらわし」

 また地を指す手は。

「金剛界をあらわし」

 宝玉の上に立って、片足を下界に下げ、東西南北十方(じっぽう)世界の空を飛び回り、普天、率土(そっと)、すなわちあまねく天の覆う陸の果てまで、どこであれ天子を軽んじてよかろうはずもないと、最大の力を地上にもたらし、曲った国を改めさせ、治まる御代は天武天皇の聖なる世となり、我々はそのありがたい恵みを新たにした。

 その奇跡はこの上もないのである。

 

 

(「群像」2024年11月号/小特集「吉野と文学」より)

 *今回のアップ時に少し手を入れました

 

 

能十番(補遺)2

 

 

序文「存在の押韻」

 

 ジェイさんがエルヴィスの曲を挙げた。同じように業平の詩の高い技術を私が説明するならラップで、ということになろうか。彼は句の頭に指定の音を折り込み、たった一行の中で「来ぬる/着ぬる」などと次々に中間韻を踏んでみせる(ちなみにエルヴィスが継承している英語詩なら「やっと来た/派手な服を着た」と脚韻を二行に分け、同音の面白さを複数回の使用によって強調するだろう。複数化か単一化か、この方向の違いが日本の韻との決定的な差異だ)。伝説的な物語にしたがうならば、業平のこのテクニカルな歌はヒップホップ界で言う「トップ・オブ・ザ・ヘッド(完全即興)」で詠まれたものであり、今ならケンドリック・ラマー並のハイレベルな遊びで、しかも妻への恋情というバイブスを色濃くあらわす。

 しかも連載の掉尾を飾る本作では、やがて杜若の精が身に后の衣をつけ、業平の冠をかぶる。したがって最終的に、ここにはなんと三つの存在が混在している。それも心があるかないかの生物的な分類さえ超え、性別などは当然のごとく複数化しており、右の韻文解説で言えばなんと「三行」が一行であらわされているようなものだ。存在が押韻している、と言ってもいい。

 天下の歌詠み、在原業平の姿を作品化する以上、日本の歌の根本にある「言葉の多重露光」のような原理を普(あまね)く浸透させておく意識があったかもしれないし、後半の「植物/女/男」がひとつの身体に宿って、そのどれとも決定し得ないままでいる奇怪で美しい舞は少なくとも、歌そのものの姿ではないだろうか。

 

 さて一方、私たちはジェイさんの丁寧で深い読み、担当編集の足立さんの細かい提案の数々、そして優柔不断な私の何度にも及ぶ直し、以上の三つ巴によって十二作の中世の文学を現代語訳してきた。この場合、私の姿が奇怪で、お二人の所作が美しかったことは言うまでもない。

 

 

 

『杜若』 

 

 一人の者が話し出す。

「わたくし、京の都から来た僧侶であります。いまだ東国を見ておりませんので、この度思い立って修行の旅に出かけようと心に決めました」

 僧侶はそう言って歩き出す。

 一夜ごとに旅で眠る、仮の枕で寝る夜。宿はたくさん変わったが、どこでもつらい旅寝をするこの身は終りも同然、美濃や尾張を過ぎてゆき、三河の国にやがて着いたのであります。そう、着いたのだ。

「急いで参りましたので、早くも三河の国に到着しました。おお、この沢辺に杜若(かきつばた)が今を盛りと咲いておりますな。立ち寄って眺めましょう」

 と、僧侶は花々を見る。

「月日は実にとどまることなく、春が過ぎ夏が来る。草木には心がないというものの、時節を忘れず咲くこの杜若の色ときたら。顔佳花(かおよばな)とも呼ぶとか。まあ美しいこと」

 そこに里の女が現れる。

「もしもし、お坊さま。なぜその沢で休んでおられるので?」

「いやそれがこの沢の杜若に心ひかれて眺めておりました。で、ここは何という場所でしょうか」

「こここそ、三河の国の八橋と言って、杜若の名所です。さすがにここの杜若は、花で名の知れた場所のものだけあって色もひとしお濃い紫ですから、他の花の紫と同じだと思わずに特別にお眺めなさいませ。まったく、ご存知ないとは風流のわからない旅のお方だこと」

「なるほど、この八橋の杜若は古い歌にも詠まれているようだが、しかしどの歌人の歌だったかな、お教えいただければと」

 すると女は答える。

「伊勢物語によると、ここを八橋と言うのは、水の行く川が蜘蛛の手足のように分かれていて橋を八つ渡したから。その沢辺に杜若がとても趣きよく咲き乱れているのを見て、杜若の五文字を五七五七七それぞれの頭に置いて旅の心を詠めと言う者があり、あの人はこう答えたのです。『唐衣(からころも)着つつ馴れにし妻しあれば はるばる来(き)ぬる旅をしぞ思ふ』、つまり『着馴れた美しい唐風の衣、その衣の褄(つま)にもなじんだように慣れ親しんだ妻ほどの人を都に置いてきたので、衣の布を張るわけではないがはるばる来た旅の遠さを思う』、と。これが在原業平の、ここの杜若を詠んだ歌」

「ああ、それは面白い。さてはこの東国の端にまで業平はお下りになったのか」

「わかりきったことを。この八橋ばかりか、なお遠い陸奥までも和歌に心を奥深く寄せながら、名所名所へ行く道すがらに」

 と女が言えば、僧は加える。

「通り過ぎる国々には名高いところが多いが、とりわけ心の先々まで」

 女がその言葉を受け取る。

「思いをわたらせたこの八橋の」

「三河の沢の杜若の前まで」

「はるばると来た旅の遠さ」

 と交互に言葉は交わされる。

「そう思う余韻を世に残して」

「歌の主の業平は昔の人になり果ててしまったものの」

「形見の花は」

「今ここに」

 そう言いあってから女は続ける。

 こうして杜若としてあり、在原業平の生きた証となったのです。ですから遠慮せずに近づいてごらんください。この沢辺の水も浅くないように、深く都の女と縁を契ったあの方も八橋の蜘蛛手であれこれ思いをはせました。それで今、旅人であるあなたに昔のことを語っている今日のこの暮れ方、わたしもいつの間にか慣れ親しんだ心持ちになってしまいましたよ。親しい気持ちにね。

 女はさらに言う。

「あの、申し上げたいことが」

「なんでしょう」

「お見苦しいところですが、わたしの庵で一夜をお明しなさいませんか」

「では、そういたしましょう」

 と答えて僧侶はあとについていく。

 すると庵に入った女は奥で着替えを始め、やがて出てきてこう言うのだ。

「もし、この冠と唐風の衣をごらんくださいな」

「不思議なことだ。身分の低い者が寝室から光り輝く女の着物を身につけ、額に羅(うすもの)を張った元服の男の冠をかぶって出てきて、これを見ろとおっしゃる。いったいなんということだろう」

「これこそがあの歌に詠まれた唐衣、藤原高子さまの、つまり業平が許されぬ恋をした二条の后の御衣(ぎょい)でございます。また冠は業平が、豊の明りの五節(ごせち)の舞の席でつけたものです。つまりわたしはお二人の方の形見の冠と衣をこうして身に添えているのですよ」

「うむ。冠、衣はひとまず置いておくとして、一体あなたはどういうお方で……」

 聞かれて女は答える。

「実はわたしは杜若の精なのです。『昔泊まったあの家に植えておいた杜若よ』という歌がありますが、それが慣れ親しんだ女性を杜若と言いあらわすいわれ。また業平は極楽にいる歌と舞の菩薩の変化(へんげ)でありますから、詠んだ和歌の言葉までがすべて、仏があらゆる音や声で説法されるありがたい経文で、心のない草木もまた露のような恵みある成仏の縁(えん)を求めるのです」

「それは不思議なこと。非情の草木とも言葉を交わし、仏法を語り」

「その声で説法をする業平の、昔男と言われた舞姿は」

「これこそまさに歌と舞の菩薩」

「仮に人間となり、業平の」

「本来の居場所である寂光浄土を出て」

「普(あまね)く民を救い」

「恵みを与える」

「そのための道を」

 はるばると唐衣を着て、来た姿がこれなのだ。はるばると来て衣を着つつ、舞を舞おう。

 と、杜若の精は言い、業平にかわって口にする。

「別れて来た、あとの都に恨みを残す唐衣の」

 恨みと言っても衣の裏を見るのではなく、袖を返して舞い、思いだけでも都へ返したいものだと思う。

 杜若の精は続ける。

「そもそも『伊勢物語』がどんな人のどのようなことを語ったのかといえば」

 様々な胸の思いの重なる露の中、しのぶと言っても信夫山ではなく女のもとへと忍ぶ道を通う様子であり、道端に生える雑草のように決まりも順序もない。

「また、物語の始めに『昔、ある男が初めて冠をつけ、奈良の都、春日の里に領地があって狩りに出かけた』とあるのは」

 仁明天皇の御代であったか。たいそうありがたい勅命を受け、大内山の、すなわち御室あたりに三月初めの春霞立つ頃旅立って、春日神社の祭りの勅使として額の透けた冠を許されたことである。

「帝のお恵みの深さゆえ」

 宮中で元服を許され、当時それが珍しかったがゆえに、初冠(ういかんむり)と呼ぶのであるとか。

 しかし世の中が一度は栄え、一度は衰えるという道理の通りだった我が身の行方。住むところを探して東国への旅にさまよい出で、途中の伊勢や尾張の海に立つ波を見ては、『ずいぶん離れてしまった都への恋しさのあまり、返る波がただうらやましい』と詠みながら眺め、また行けば信濃の国の浅間山だろうか、煙ののぼる夕景色がある。

 と、精はなおも業平となって語り続ける。

「あれこそ信濃の浅間嶽に立つ煙だけれど」

『遠くの人も近くの人も、気づかぬ見咎めない者はあるまい。わたくしの恋のように』と自らの歌のままに口ずさみ、なおもはるばると旅衣の身で三河の国に着けば、そこにこそ名の通った八橋の、沢辺に匂う杜若があり、その花は紫色で、すなわちそのゆかり色ゆえにか、ゆかり深いあの人はどうしているだろうと、都を離れた自分は思い出すのだった。

 それにしても伊勢物語にはさまざまな身分の女性が書かれているけれど、とりわけこの八橋や三河の水のように深く契りを結んだ女性たちは、名を変え、身分を変え、『人待つ女』『恋患いの女』『玉簾の歌をやりとりした女』などと記される。『空ゆく蛍よ、雲の上まで去るのなら、そろそろ秋の風が吹く頃だと雁に伝えておくれ』と詠んだわたしが仮に人間の姿であらわれて衆生を救おうとしたことを、果たして世の人々は知っているのだろうか。

「その世の人々が死後に暗がりで迷わぬよう、夜明けの」

 と業平は言う。

 月のごとくわたしは光で普く照らすのです。『月はあの月だろうか。この春は昔の春と同じか。あなたは過ぎゆき、わたしだけが元の身のままだ』とかつて歌に詠んだのも、元の身と言うのは変わらぬ仏そのものという意味であり、また男女の仲をとりもつ神と呼ばれたのもやはりこの業平自身のこと。

 こうして申しあげた物語をお疑いになるな、旅の方よ。

 業平であり、杜若の精であり、高子でもある者は言う。

『はるばる来た旅の遠さ』を思ったあのときの唐衣を着て、わたしは舞を舞う。

 こう歌いながら。

「花の前を蝶が舞う。雪がちらつくように」

 柳の上に鶯が飛ぶ、金のかけらが動くように。

「植えて置いた、あの昔泊まった家の杜若も」

 色だけは昔のままだ。すでに主はなく、そのゆかりの色だけが昔のまま。美しい色だけが。

「そして昔男という浮いた名ばかりが残って、過去のあの人を思い出すよすがの橘の花の、その香りが移ったあやめの髪飾りが思い出される」

 あやめと杜若の色はよく似ているが、どちらがより濃いものだろう、梢に鳴くのはそして蟬。

「蟬の殻のような唐衣」

 その袖は白く美しく、卯の花のよう、雪のようにしらじらと夜は明けて、東に雲のたなびく朝となり、空は浅い紫色。紫の杜若の花も悟りの心を開いて、さあ今こそ『草木国土』、ほら今こそ『草木国土悉皆成仏』、心のない草花も国土も成仏するという仏のありがたい法を得、杜若の精もまた極楽へと消えゆくのであった。

 

[ワキ方詞章校正:下掛宝生流(安田登)]

(「新潮」2022年2月号)

 

 

能十番(補遺)1

 

 2020年4月号から2022年2月号まで『新潮』にて隔月連載した『能十番』は、2024年12月に新潮社から出版された。

 私の現代語訳、それを英訳したジェイ・ルービン氏による、互いの趣味の極致のような本である。

 ただし『能十番』という題名もあり、連載時に訳していたものを二作ほど外して著作にした。

 そのことを2026年正月にふと思い出し、せっかくだからこのブログに載せておこうと考えた。

 幸い担当編集者・足立さん、そしてワキ方の原本詞章を御提供いただいた安田登さん、そしてジェイ・ルービン氏の御理解もいただいたので、まずは『黒塚』を掲載しておく。

 

 

『黒塚』 

 

序文

 

 奥州安達原、あるいは鬼婆、と他の古典芸能や民話と直接つながっている物語『黒塚』。人を殺めてやまない女は糸を紡ぐ作業の中で歌い、京の都での他者の〝甘い記憶像〟のようなものに切なく迫られ、残虐な行為に至る狂気へと押し出される。

 能がそこに余計な説明を加えないのは、周囲に積み重なる物語の共有がかつてあったからだろうが、現代の私にはその物語の断片こそが血にまみれて腐りながらうずたかく山をなすように思える。事実、狂気の女への地謡の呼びかけはあたかもきれぎれの幻聴のようにあり、それは彼女を多重人格化する。

 能の進行の間に狂言方が出てきてより写実的な説明などを行うのが「アイ狂言」だが、この重苦しい庵のムードの中に挟み込まれるそれが妙にスラップスティックで笑えるので訳してある。

 私にはアイの「雑用の者」が本当は無言で動いているように感じられる。あたかもバスター・キートンのように白塗りで。スラップスティックとは身体と精神の分離のことでもあろうから、『黒塚』とは能も狂言も、つまり悲劇も喜劇も、ひたすら統合失調的な世界の恐ろしさを示す曲であるように思う。

 

 

現代語訳

 

 旅の姿はこの篠懸(すずかけ)、山伏のはおる篠懸である。その袖が露に濡れ、涙に濡れてしおれているだろう。

 山伏の一人、祐慶(ゆうけい)は言う。

「ここにいるのは那智東光坊の阿闍梨(あじゃり)、祐慶という聖(ひじり)」

 そう言うと、連れの山伏も語り出す。

「そもそも俗界の身を捨て、山中で修行するのは山伏のやり方であり」

「熊野の山伏が巡礼して国々をめぐるのは、僧として当然のつとめである」

 さらに祐慶らはこう言う。

「ところで祐慶は、近頃心に立てる願があり、諸国行脚に出ようとし」

 本山熊野を出て、わが本山を立ち出でて、行く先は紀州路の方角、塩崎の浦を歩き過ぎ、錦の浜を通る頃には、衣はいっそうしおれ、日も重なり、紐を何度も締めるうち、まもなく名だけは知っていた陸奥の安達が原に着いたのである。あの安達が原に。

「急いで来ましたおかげで、陸奥の安達が原に到着いたしました。日もすっかり暮れておりますので、ここで宿を借りたいと思いますが」

「そういたしましょう」

 そう言い合うと、一軒の庵から女の声がする。

「まったく侘びしく暮らす者の毎日ほど悲しいものはあるまい。こんなつらい日々を飽きるほど過ごし、今は秋が訪れ、朝明けの風が身にしみるけれど、胸の休まることもなく、昨日も虚しく暮れてしまった。夜半まどろむだけのこの命。ああ落ち着くことのない生涯であること」

 祐慶はその庵へと声をかける。

「もし、この家へご案内ください」

「さて、どのような人で」

「わたくしどもは諸国行脚の聖だが、旅の途中で日が暮れてしまい、道もわからなくなってしまいました。一夜、宿をお貸しください」

 連れの山伏も言う。

「どうか主の方、お聞きください。わたくしどもは初めてこの陸奥の安達が原へ来て、日も暮れてしまい、宿を借りるあてもない。どうぞわたくしどもを哀れと思って、一夜の宿をお貸しください」

 すると女は答える。

「人里離れたこんな野原の、松風が激しく吹き入り、月の光もさし込んでくる寝所になど、どうしてお泊め申せましょう」

 祐慶は言う。

「たとえ草を枕にした旅の途中の泊まりでも、今日一夜眠りたい。ただただここは宿をお貸しいただいて」

 わたしさえうんざりしているこの庵に、と女は思う。

 山伏たちはともかく泊まろうとし、柴木で出来た戸を女は閉ざすが、とはいえかわいそうに思い、

「それならばお泊まりなさい」

 と、扉を開いて出迎える。

 雑草の混じったカヤのむしろ、むしろ情けないくらいだが今夜これを敷いて眠るのかと祐慶たちは思う。強いて主に宿を借り、狩衣ではないが、衣を一人分ずつ敷く独り寝の袖は露で深く湿って、やはり露の降りた草で葺いたこの庵の落ち着かなさ。旅寝の床の悲しさ、そのもの憂さよ。

 と、そこで祐慶は言う。

「もし、ご主人にうかがいますが、これはなんという物でございますか」

「ああ、それですか。枠桛輪(わくかせわ)といって、賤しい女が使う仕事道具です」

 糸繰り車である。

「それならば、今夜のおもてなしとして、使ってお見せください」

「まことに恥ずかしいこと。旅の方が見ているのに。いつであっても賤しい仕事でつらいものですよ」

 祐慶は思う。今夜泊まるこの宿の、主人の情けは深く、同じように夜も深くなり。

「月の差し入る」

 と女が見上げれば、

「部屋の中で」

 と祐慶はしんみりする。

 女は糸を繰りながら思う。こうして美しい麻の糸を繰り返し、真っ白な麻糸を繰っては返し、よかった昔を取り戻したいものだ、と。

「麻を撚る、夜まで働く賤しい仕事」

 世を生きるなりわいのつらさよ。

 女は嘆く。

「あさましい。せっかく人として生まれながら、こんな憂鬱な生涯に明け暮らし、自分を苦しめる悲しさといったら」

 それを聞いて、祐慶はつぶやく。

「切ない言葉だ。まずその生きている自らを助けてこそ、成仏を願うよすがともなるものを」

 そのように憂鬱な世を生きながらえ、明け暮れ暇なく過ごす身であっても、心さえまことの道にかなうなら、祈ることがなくてもついには仏に救われる縁となるはず。

 すると女も言うのだ。

「ただただ地水火風の四つのありようが仮にしばし集まって人となり、生命の輪廻に入って、地獄・餓鬼・畜生・人間・天上の五道に修羅を加えた六道をめぐること、それもすべて心の迷い。およそ人間のはかなさを計り知れば、人はいつまでも若くはなく、必ず老いるものなのに、そんな頼りない夢のような人生を、どうして嫌って出家しないものだろう。我ながらこんなあてのない心、けれど恨んでも甲斐のないこと」

 そこに誰だろう、声がする。

 そういえば京都五条あたりであの夕顔の家を訪ねたのは、と。

 女は糸繰り車を回しながら頭の中で答える。

「神事に垂らす日陰の糸というものをつけた冠の、それは名高い人だったとか」

 賀茂神社の御生(みあれ)の祭に行列したのは。

「糸毛の車という、色糸で飾った牛車と聞いている」

 糸桜が色あざやかに咲く頃は。

「花見に来る人の多い季節。繰る糸を張るわけでもないが、春の暮れ」

 出る穂といえば秋の糸すすきで。

「糸を撚るまま夜を待つのは、月を望むからか」

 はたまた今、機を織る賤しい女が繰る糸のように。

「長い、その命のままならなさを」

 そう、長い命のつれなさを思いあかし、明石の浦千鳥のように、声をあげて一人で泣きあかすのだ。声あげ、一人泣きあかすばかり。

 やがて女は口に出して言う。

「もし、皆さまに申し上げます」

「何事でしょうか」

「こんなに夜寒になりましたので、上の山にあがって薪を取ってきて、火を焚いておあてしようと思います。しばらくお待ちください」

「お志、感謝いたします。それでは早くお帰りください」

「ええ、早く帰ることにします」

 が、女は行きかけて、立ち止まる。

「いや、申し上げることが。わたしが帰るまで、この寝室の中などご覧にならないよう」

「言語道断。そんな風に人の寝所を見るようなわたくしどもではありません」

「ああうれしいことで。決してご覧にならないでくださいね。そちらの方もですよ」

「承知いたしました」

 女は歩き出し、一度ふと足を止めたが、また足早に消えていく。

 

 しばらくすると、荷物を運んでいた雑用の者がしゃべり始める。

「いやいや、この陸奥の奥の、人のいない場所に住んでいながら、主の情け深いこと。奇特にも宿を貸してくださり、冷えてきたからといって女の身で夜中に山に入って、薪をとって火を焚いてあげましょうという志。こんな方はまたといないでしょう。とは言いながら、別の女に変わったように、なんとも凄まじい様子になるのでよくよく気をつけて見ておりましたら、案の定、山へ行きかけて立ち戻り、わたしの寝所をご覧になりませんようにと申した。人は様々とはいえ、いくらなんでも阿闍梨に向かって言うことではありませんぞ。ともかくこのことを阿闍梨に申しあげて、主の部屋をちょっと見てみようと思います」

 男は祐慶の前へ行く。

「もし、阿闍梨へ申し上げます。こんな陸奥の奥の、人のいない場所に住んでいながら、主の情け深いことに奇特にも宿をお貸しくださり、夜が冷えるからといって女の身でありながら、夜中に山へ入って薪を取って火を焚いてくださるという志。他にあるまいという方ですが、阿闍梨はどう思われますか」

「本当にその通り、おまえが申すように、今宵の主ほど情けの深い人はないでしょう。女の身で夜半、山にあがって薪を取り、火を焚いてあててやろうという志。なんとも奇特なことです」

「とは言いながら、別の女に変わったようになんとも知れない凄まじい様子なので、よくよく気をつけて見ていたのですが、案の定、山へ行きかけて立ち戻り、わたしの寝室をご覧になりませんようにと申したが、人は様々とはいえ阿闍梨に向かって申すことではありません。あまりに不思議なことですから、主の部屋をちょっと見て参りましょう」

「いやいや固く約束したこと。そんなことは無用です」

「いえ差し支えないことかと」

「いいえ、無用です。夜もふけましたからわたくしもまどろもうと思います。おまえもそこで眠りなさい」

「承知いたしました」

 眠ろうとするが、男は言う。

「これはどうしたわけだ。差し支えもないことなのに、やめておけとおっしゃる。しかし阿闍梨があそこまでおっしゃるのだから見るわけにはいくまい。とにかく寝よう」

 横になるのだが、男はすぐ起き上がる。

「どういうことだ。寝よう寝ようと思うのだが、さっき主が言ったことが気になって、眠れるものではない」

 男は祐慶をうかがう。

「いや、見ると何も考えず寝ておられる。ならば主の部屋をちょっと見てこよう」

「何をしている」

「は、はあ、寝返りを」

「心落ち着けて寝なさい」

「承知いたしました」

 男は身を横たえる。が、眠れない。

「こりゃどういうことだ。よくお眠りかと思ったが、すっと目をお覚ましになった。仕方がない。思いきって寝よう」

 と、再び眠ろうとはするのだが。

「なんだなんだ。寝よう寝ようと思うのだが、気になって眠れるものではないぞ。おっと、見れば今度こそよく眠っておられる。だったら今度はそっと阿闍梨の横を通り抜けて、主の部屋をのぞこう」

「どこへ行くのだ」

「あ、ははあ、怖い夢を見まして。どこかへ連れていかれるかと思っておりましたら、お目を覚まさせてしまいました。今度は寝ますぞ」

「まったく騒がしいやつだ」

「はい」

 と両手をついて頭を下げ、男は横たわる。

「いやはや目ざとい方だ。今度こそよく寝ていると思ったら、また目を覚まされた。こうなればどうしようか。ああ、そうだそうだ。男の心と大仏殿の柱は太いほうがいい、と申す。よしよし思いきって眠ってみせよう」

 しかししばらくすると目を開け、祐慶に近づき、床を叩き、えへんと咳払いをする。男は何度かそれを繰り返し、ついに立って遠ざかる。

「いやいや、やったやった。まんまとおそばをすり抜けた。だいたい自分の癖なのだが、人が見ろと申すものは見たくもなく、見るなと申すことは見たくて見たくてたまらない。どれどれ、急いで主の寝所を見てこよう」

 男はそう言い、戸を開けるとすぐ閉じて、腰を抜かしながら戻ってくる。

「なんとなんとおそろしい、おそろしいこと。隠すはずだ。死んだ者の白骨が数知れずあり、人の死骸は庇の高さまで積み重なり、そこに鞠くらいの光るものがいくつも飛んでいる。こんなところにおいでになったままでは、お命まで取られてしまう。急いでこのことを訴え申しあげよう」

 男は祐慶の前へ急ぐ。

「いやあ、見たのです」

「見たとは何を」

「というのも、主の寝所を見ましたら、死んだ者の白骨が数知れずあり、人の死骸は天井まで積み重なり、そこに鞠くらいの光るものがいくつも飛んでおります。こんなところにおられれば阿闍梨のお命も取るでしょう。急いで家をご出立ください」

「先ほど固く申し付けたのに。けしからんことだ」

「はい」

「そうではあるが、行って見てみようかと思う」

「急いでご覧ください。ならばわたしたちはお先に出て、宿を見つけ申しましょう」

「そうしてください」

「ああ恐ろしい。急いで参り出て、宿をお取り申そう。いや助かった、助かった助かった、助かったこと助かったこと」

 

 男は去り、祐慶もまた寝所に近づく。

「不思議なことだ。主の寝所の中を、物の隙間からよくよく見れば、人の死骸が数知れず、庇の高さまで積み置かれてある。膿や血がどろどろと流れ、悪臭は満ちて死体はふくれあがり、皮膚も脂肪もすべてただれて崩れている。さてはこれこそ話に聞く、安達が原の黒塚に籠る鬼のすみかだ」

 連れの山伏も言う。

「恐ろしいこと。こんなひどい目を見るとは、『陸奥の、安達が原の黒塚に鬼が籠る』と歌った心もこうであろう」

 そう心惑わせ肝をつぶし、惑乱し驚いて、どこへ行けばいいかはわからないまま、祐慶たちは足にまかせて逃げていく、逃げていくのだ。

 そこに現れたのは、まさに鬼女である。

「やあそこにいる山伏、止まれと言うのだ。あれほど隠した寝所の中を、あからさまにされてしまった。恨みを申しに来たのだぞ。この胸を焦がす炎は、項羽に焼かれた秦の咸陽宮(かんようきゅう)の煙のように、もうもうと立っておるわ」

 と、鬼女は背負っていた柴を捨て去る。

 野の風、山の風は吹き落ちる。

「雷鳴、稲妻は天地に満ち」

 空はかき曇り、雨になり。

「この鬼がひと口に食い殺そうと」

 近づく足音。

「振り上げる鉄杖のその勢いは、あたりを威圧して恐ろしいこと」

 一方、祐慶たちは必死の祈りをあげる。

「東方に降三世(ごうざんぜ)明王」

 南方に軍荼利夜叉(ぐんだりやしゃ)明王。

「西方に大威徳(だいいとく)明王」

 北方に金剛夜叉(こんごうやしゃ)明王。

「中央には大日大聖(だいにちだいしょう)不動明王」

 オンコロコロセンダリマトウギ、オンナビラウンケンソワカ、ウンタラタカンマン。

 山伏たちは足を踏み鳴らし、数珠をもみ鳴らす。

 この不動明王の体を見る者、菩提心を発せん

 我が名を聞く者、悪を断ち善を修めん

 我が説を聴く者、大いなる智慧を得ん

 我が心を知る者、そのままに成仏せん

 即身成仏、と不動明王の持つ繋縛(けばく)という縄に祈りをこめて責めつけ、責めつけ、ついに山伏たちは鬼女を祈り伏せてしまったのだった、さあ懲りるがよい。

 数珠でさんざんに打たれた鬼女は、鉄杖を捨て、うずくまり、こう言う。

「今まではあれほど」

 そう、今まではあれほどまでに猛々しかった鬼女が、たちまちに弱り果て、人の大きさに身を縮め、目はくらみ、足もとはよろよろと、轍のように安達が原を漂いめぐった跡がつき、黒塚に隠れ住んでいたこともあからさまになって、あさましいこと、ああ恥ずかしい我が姿、と言うその声はなおも凄まじく響いていたが、やがて凄まじい夜嵐の音に紛れて消えてしまった、夜の嵐の音の中に消えてしまったのである。

 

 

 [ワキ方詞章校正:下掛宝生流(安田登)]

 [アイ狂言部分は山本東本(小学館古典文学全集)]

(「新潮」2020年12月号)

 

 

 

 

 

一本の樹木にもよく見れば小さなクモやアリ、ヤドリギ、コケ、菌類が無数に宿っており、そこに蝶がかすめ飛び、鳥が休み、時には都会でもタヌキなどが木の実を食べに訪れる。

つまり一本の樹木はひとつの森なのだ。

ことに古い樹木ならなおさら、命の重なりは深い。

したがってひとつの樹木を伐ることは、ひとつの森を一挙に滅ぼすことだ。

 

十本の樹木なら十の森、百本なら百の森、千本なら千の森を我々は潰してしまう。

 

(私たちは古くから森に神社を造り、樹木から仏像を彫り出し、暮らしの原点である里山を木々のもとにこしらえてきた。)

ゆえに一部の人々の経済的利益のために森を破壊することは、文化の自滅である。

樹木にかわって強く願う

どうか木々を救っていただきますよう、また私たち自身で救えますよう。

 

樹木が風に揺れるとき

無数の生き物が揺れているのだから

多くの森がうごめき、歌っているのだから

 

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同じように

ひとつの私は私たちである

 

私たちの肌の上にも、腸の中にも多くの微生物がいる

1グラムの土に一億個

手のひらにすくったその土に、地球上の人類の数をはるかに越えた生き物がいる

 

それどころか、わたしたちを通った数千年前のウィルスの記憶さえ人類は忘れない

いまだ体内には無数の他者の痕跡がある 

 

したがって、ひとつの私はわたしたちである

ひとりの私を殺すことは 多くの他者を含んだ「わたしという森」を滅ぼすことだ

 

あなたが踊っているとき

無数の他者が揺れている

無数の他者がうごめき、歌っている

 

ひとりのあなたは数千数万のあなた

ひとりのわたしは数千数万数十万のわたし

多くの他者とともに踊る わたし

 

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ボクはIのこまぎれの 何キログラム?

 

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OPEN THE SESAME  開けゴマ YOU&ME

開く自我 びっくり   開いたら どうでもいい

 

体はデータバンク   カンナンシンクの進化のランク

歴史の知識を積んだタンク

BUT THE THINKING TANK IS THE TANK IS SINKING

 

無意識技術者 おニューのサイコ・メディア

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OPEN THE SESAME   開けゴマ セラヴィ

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世界はデータバンク

残高もうすぐマイナス パンク

歴史の知識を積んだタンク

THE BIGGEST TANK WANTS NO MORE  BIG GUEST

 

わがまま消費者 大量のミニメディア

住み分けるエリア 狭くなる視野

 

やさしげファシスト つけこむ淋しさ

結局ナルシスト コトバにやましさ

必死のファシスト Iの名のもと

なれあいのシフト ボク カヤの外

 

きよし この聖夜  人類の無礼講フェア

意識のリペア なんにもないスペア

 

IはIS YOUはYOUS

HEはHES SHEはSHES

EYES USE HIS SEEDS

かいま見る 種のシリーズ

 

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あなたが踊っているとき

無数の他者が揺れている

無数の他者がうごめき、歌っている

 

樹木が風に揺れるとき

無数の生き物が揺れている

多くの森がうごめき、歌っている

 

わたしは多様な命の重なり

わたしたちは森

多くの他者とともに踊る体

 

その森を勝手に倒すな

ひとつの小宇宙を滅ぼすな

そのわたしの命を勝手に倒すな

わたしはわたしではないというのに

 

 

 

 いとうせいこうと申します。

 

 この七年ほど、ヨーロッパ、アフリカ、中東などで『国境なき医師団』の活動を取材し、難民及びそれに準じる立場の方々の話をつぶさに聞いてまいりました。

 

 まずひとつ言えることは、もちろん彼らは自ら国を出たかったわけではない。出ざるを得ない状況に突然見舞われて、想像を超える苦難の中で命を安らげる場所を必死に探しているのです。

 

 そしてもうひとつ重要なのは、私たち日本に住む者も残らず彼らと同じ境遇になる可能性を持っているということです。原因は大変な異常気象かもしれない。あるいは広範囲に及ぶ巨大地震がやまないとか、原子力事故による放射能被害に襲われて体ひとつでなるべく遠くへ逃げ延びねばならないとか、他国との摩擦がいきなり暴力に発展する、あるいは代々の生活の中でごく穏便に保っていた習慣が突如間違った宗教として国中から追い回されるといった事態は、決して夢まぼろしではありません。その時、私たちは国外に逃れる以外なくなるかもしれない。

 

 したがって今回のような『入管法改正』、私は改悪だと思いますが、それは人類社会に普遍であるべき人間の権利を毀損するばかりか、私たち日本に住む者の安全保障までをひどく脅かすものだと思います。

 

 私たち自身が「国を出ざるを得ない状況に見舞われて、想像を超える苦難の中で命を安らげる場所を必死に探す」かもしれない時、私たちは周囲の国に助けを求めるでしょう。そうであるならもちろん、私たちには追い返されない権利が必要なのです。その大切な権利への要求を、今回改正される『入管法』はこれまで以上に自ら放棄するものです。なぜなら他国の人々に対して、「私たちは追い返す」と言うのだから。

 

 私たちは現在途方もない苦難の下にいる方々に手を差し伸べるために、そして同時に明日の自分たちを救うために、よりよい『入管法』があることを願います。

 

  いとうせいこう(作家・クリエーター)

『一本の樹木は森である』

 

 一本の樹木にもよく見れば小さなクモやアリ、あるいはもっと小さなコケや菌類などがたくさん宿っており、そこに蝶がかすめ飛び、鳥が休み、時にはタヌキなどが木の実を食べに訪れます。つまり一本の樹木はひとつの森のような存在なのです。

 したがってひとつの樹木を伐ることは、ひとつの森を滅ぼすことです。

 十本の樹木なら十の森、百本なら百の森、三千本ならば三千の森を私たちは潰してしまうのです。

「鎮守の森」というように、私たちは森に神社を造り、長い寿命を持つ樹木から仏像を彫り出し、暮らしの原点である里山を樹木のもとにこしらえてきました。

 ゆえに一部の限られた人々の経済的利益のために多くの森を破壊することは、日本文化の自滅です。

 どうか木々を救っていただきますよう、私たち自身で救えますよう、強く願っています。

 

                                                                    

                いとうせいこう

 

 

 

 

今夜は心がうそ寒い

ちょいと誉めちゃあくれないか

言葉羽織って袖通し

はい 恩に着るよ

 

恋だけが流行(はやり)の病だった頃

人に隠れて会えたというに

今じゃほんとに命とり

 有権者は、票を入れた候補が勝利しても、敗北しても自分だけは常に勝利している。

 選挙出来ていることが、そのまま「民主主義の勝利」だからである。

 選挙のない国のことを考えてみればいい。

 ゆえに選挙の日、私たちはもっと浮かれていいと思う。

 朝から家族で笑いあったり、道行く人とハイタッチなんかもいい(ただし、手はすぐ消毒ね)。

 偉大な記念日なんだから、愉快で巨大なパレードなどしてもいいのだ(距離を取って、えんえんと長くね)。

 繰り返す。

 投票日は私たち国民の勝利の日である。

 街に出て陽気に羽ばたこう。

『このあとは』

 

今も気になるあの人と

小唄の会の糸の音も

響く心や過ぎぬ秋

やがておひらき さてこのあとは

 

 

(十年も前に書いたものを、浅草の紫沙ちゃんに曲にしてもらううち、

細かい直しも入ることになった決定版です

メロディは下に。

いきなりのお稽古ビデオになってますので、僕の節はあやふや)