朝子です
今年の締めくくりとして
過去のブログ内容の、再投稿やリメイクで
連日、お話させていただいています
今年6月頃に話題となった
[大阪、母子餓死事件]
について、個人的に感じた事をお話した事があります
本日は、こちらをご紹介させてください
-----おなかいっぱい食べさせてあげたかった-----
触れたかったニュースだったので
ちょっと今頃ですが
話題にさせていただきました
「最後に
おなかいっぱい食べさせてあげたかった」
この言葉で多くの方が
大阪の母子が亡くなった事を
思い浮かべるかと思います
TVなどの報道では
「なぜ、生活保護を受給しなかったのか」
まるで謎のように
亡くなったお母さんの行動を
不可解だと報道しています
でも、私は
なんとなくですし
憶測ですが…
わからなくもないなと思います
この母子の状況を
TVの情報だけで簡潔にまとめると
「旦那さんと何らかの理由で離婚を
することになり、別居した先で
生活に困窮し亡くなった」
そのような状態だったのでしょう
このお母さんは一度、生活保護の相談に
窓口に行かれているそうですね
私の憶測ですが
もうこの時点で、旦那さんと
トラブルがあったのではないかな
と思うのです
なぜなら
私がそうだったからです
まるで、自分のことのようです
とても類似しています
だからといって
必ずしも私と同じとは限りませんが…
プロフにもあるように
私の現在の夫は浮気をしていました
その時
ほとんど別居状態でした
私一人の収入で
子供六人養っている状態となり
保護の相談に行ったのです
そのときの窓口の対応は
「生活保護はあくまで世帯で見るから
離婚するのか、やり直すのか、はっきりしないと
話を進められない、手続きも違ってくるし」
「離婚しないのであれば、旦那さんにも
窓口に来てもらわないと、離婚するのであれば
離婚届を出して、いろいろ手続きが済んでから
じゃないと、手続きできないから」
「もし、自分ひとりで決められないなら
一度、旦那さんと一緒に来て、3人で話しましょう」
と言うものでした
親切そうに聞こえますが
どうでしょう
当時の不安定な精神状態のときも
生活が落ち着いてる今でも
私は無神経だと思ったのですが
無理難題を人事のように、と感じたのですが
あなたはどう感じますか?
私は、もしかしたら
あの大阪のお母さんも
窓口で似たような話をされたのかな
そう思ってしまったのです
そうしたら、
確かにもう頼りたくないと
頼れないと、思ってしまうのではないかな
TVの報道では
今回のようなケースを考えてか
現在保護を申請するには
「本人の資産や収入などをしるした申請書を提出」
の部分を
「義務から、事情によっては無くてもいい」
に変えるべきだと解釈したようですが
根本的解決を
見誤っているように思います
私だって申請書類くらい出せましたよ
窓口で夫を連れてくることにこだわらなかったら
ただ、窓口の言い分といいますか
考えも解らないわけじゃないんです
もしかしたら
私が不正受給をたくらんでいるかもと
疑って見てしまえば
本当に夫婦の状態がそんな状態かなんて
当事者しか解らないのだから
不正受給者の心無い行動の為に
窓口と相談者に温度差が生じているのは
事実でしょう
国の制度や体制だけでなく
相談を受ける窓口の教育
これも、もっと考えていくべきでは
ないでしょうか
もしかしたら
たったそれだけで
あの大阪の母子の
赤ちゃんもお母さんも
おなかいっぱい
食べられたかもしれないのに
そう思ってしまうと
涙が溢れて、苦しいです
すみません
まとまりませんね
「豊かだといわれる先進国日本」に
疑問しか感じない事件のひとつだと
私は思っています
-----ここまで-----
ちょっと皆さんに伝わりずらいかもしれません
私でも「あれ?言いたい事どこだ?」って思いました
このお話をした時の私は
まだ、水際作戦とか沖合い作戦とかの存在を知りませんでした
来年は、この様な悲しい事件が
1件でも無くなる事を、心から望みます