――収録論考でもっとも古いのは「摩多羅神と夢の女人」(一九九九年)、もっとも新しい「大いなる部屋」の脱稿は今年だがら、この本は三十数年余の時間を抱えている。――(「極私的な追想―あとがきにかえて」より)

 

 

待望しつつ、本書の完成を俟たずに帰幽された方々のいかに多いことか。

いや、あちらの世界から〝摩多羅神本〟刊行応援団として、影に日向に山本先生を支えてきたに違いない。と、完成した『摩多羅神』を手にして思う。

清水寺・摩多羅神を表紙に配した、堂々たる本書。

 

藤井貞和先生の帯文も、鼓を手に笑みを浮かべる摩多羅神や、仏師・覚清の文字同様、ズシリと重たく熱く響く。

 

 我らいかなる縁ありて 今この神に仕ふらん

  未来悪所に沈むとも 必ず引接垂れ給へ

 

近世日光山の常行堂で活躍した光樹房宗佐が書き留めた歌のように、私たちは摩多羅神の鼓に舞わされながら浮つ沈みつしているのだろう。

 

――主役は摩多羅神だから、本書は『異神』の続編といってもよいが、期せずして第八章「大いなる部屋」は、『変成譜』「大神楽「浄土入り」」の展開版になった。――(同上)

 

常行堂の儀礼から、「部屋」を仲立ちに山里の芸能の世界へ――鼓の響き同様、本書がさらに宗教芸能の深層へと我々を誘う。