なんでもないようなことが幸せだったと思う
何でもない夜のこと
二度とは戻れない夜
二度と戻れなくない。
取り戻すと誓う今日この頃。
夫がくも膜下出血で倒れ
一応命をながらえてから
約1ヶ月経つ。
本当は、今日から二人で鹿児島旅行にいくはずだった。
今までの趣旨とは変わるし、書き方も変わる。
誰かの為とかじゃなく、
記録でいい、日記でもいい、夫の様子、私の気持ち、これからのことを書いていこう。
そう思いながら書けないでいて、
書きたいことは、増えてく一方なのに💦
11月15日夫は、くも膜下出血で倒れた。
11月11日に27回目の結婚記念日を銀座で2人で美味しいレストランでお祝いしたばかりだった。
既に13日から出血してたようだ。
13日日曜日巣鴨のライブハウスで、ベビーメタルのコピーバンド、ベリーメタルでギターを演奏してライブした。
その時既に出血していたのだ。
帰ってきて頭が痛いと言っていた。お酒のせいか?そんなに飲んでないけれどと。
月曜日は、会社に行って仕事をして帰ってきて、頭が痛くて微熱もあるからまたコロナにかかったかもと言っていた。
火曜日の朝、頭が痛いから午前中休むと言った。
私が出かける10時くらいには、一日休むと言ってた。
お昼は、起きて娘とコンビニにお昼を買いに行き、薬局で頭痛薬を買って、お昼を食べて薬を飲んでいたそうだ。結構普通だったらしい。
私が家に帰ると部屋が真っ暗だった。いるはずなのにおかしい…
いつもなら常夜灯と玄関の電気がついているのに。
靴はあるから出かけていない。
スリッパも玄関にない。
寝てる?
ベッドにいない。
ベランダでタバコを吸っている?
窓の所にスリッパがない。
じゃあトイレ?
それにしても真っ暗は、おかしい。
嫌な予感がして、洗面所のドアを開けたら、
トイレのドアが開いていて、
便器の下の所から洗面所にかけて夫が倒れていた。
どこか切ったのか出血して、
血の跡がある。
どこからの出血かわからない。
「かっちゃん?どうしたの?」と声をかける。
「動けないから、救急車呼んで」
と弱々しく答えた。
意識は、ある。
コロナじゃなく、脳かもしれないから動かさない方がよいと思いそのまま救急車を呼ぶ。
救急隊員に電話で聴かれることを夫に聴きながら答える。
私が帰ったのは、18時くらいで、倒れたのは、17:30くらいで30分くらい倒れていたらしい。
確かなことは、わからないが。
もっと早く帰ったら良かった?
もっと遅かったら大変だった!
等頭の中を駆け巡る。
気持ち悪くて、吐こうとしてトイレに来て倒れたらしい。
少し吐いた跡がある。
吐くのは、2度目だそうだ。
意識、頭は、しっかりしている。
手足もどこも動くし感覚もある。
暫くして、救急車が到着する。
救急隊員が電話でと同じようなことを聴く。
答えていく。
トイレから引っ張り出して、
洗面所の下に移動させた。
病院をどこにするかで、かかりつけを聞かれた。
東京高輪病院に皮膚科と歯科とかかっていると答えた。
診療カード、カルテがあると受け入れしやすくなるからだ。
この時昭和大学病院もカードがあると答えなかったことを後で後悔することになる。
こういう時は、大きな病院の方がよいのよだなと。
私は昔、昭和大学病院にかかっていて、よく昭和大学病院に運ばれた。
震災直後の時は、いっぱいで断られた違う病院へ行ったが。
総合病院で治療科がいっぱいある所の方が後々よい場合がある。
東京高輪病院に連絡して、受け入れが決まったので、いよいよ運ぶ段になったが、ここで困ることになる。
タンカを部屋の中に入れられないのだ。
ドアが全開しないというか、開けると壁なのだ。
立った状態でしか通れない構造になっている。
家具とかの搬入は、ドアを外して行っていた。
今ドアを外せる人がいない。
道具もない。
私なら救急隊員が抱き抱えて運べるだろうが、夫は難しい。
寝た状態で運べない。
どうする?となった時、
救急隊員が
「ご主人、動けますか?」
と聞く。
夫は、動けないというが、
運べないので、玄関まで自力で這っていけというのだ。
他に方法がなく、仕方なく夫を無理矢理起こして、這わして動かした。
夫もやっとの思いで、玄関外の踊場まで這っていった。
私は、救急隊員に飲んでる薬を全部持っていくよう言われたので、それを持ち、入院に必要な物を準備する。
自分の数回の経験上、必要な物がわかるので、淡々と準備をする。
かかとがある脱ぎ履きの簡単な靴。夫の財布。中に保険証屋診療カードが入っている。
そして、娘に声をかける。
「ばーちゃん、頼むね。それと○○(甥っ子)に電話して、明後日の49日無理だからそっちで何とかやってって頼んで」と。
先日夫の母が亡くなったばかりで、明後日49日だったのだ。
葬式もそうだが、夫が全て取り仕切って準備していた。
冷静にしなきゃいけないこと、知らせる人が浮かんで、動いて、指示をしている。
外の踊り場に出た夫は、椅子式のタンカに乗せられ、1階まで運ばれ、救急車に乗せられた。
うちは、2階に玄関があり、3階に母と娘の部屋があり、台所とお風呂が3階で、2階に私と夫が寝ている。2階と3階は、繋がっておらず、一度外に出ないといけない形になっている。
普段も不便だかが、その構造が今回大問題となった。
今後これを解消しないといけない。解消できるのか?
救急車の中で、気持ちが悪く頭が痛いとずっと言っている。
救急車が病院に着いた。
割りと家から近いのだ。
病院で検査が始まった。
入院になると上の病室の待合室を案内された。
救急隊員にお礼を言った後、帰っていった。
看護師が説明にきて、手続きの書類を渡された。
記入していると、暫くしてから先生から説明があると、診察室に案内された。
くも膜下出血で、とてもコワイ病気です。
状況について説明を受けた。
明日13時からカテーテル術をします。
病状と治療を説明するので、10時に来てくださいと言われた。
家に帰り娘に現状を説明した。
その日の夜の記憶は、直ぐに書いておかなかったので、既に曖昧になってしまった。
ここで一旦止めて、
手術の日のことは、別に書こうと思う。