【原 文】

   三輪(みわ) 多武峰(とうのみね)
   臍(ほそ)峠 多武峰ヨリ龍門へ越(こえる)道也。
 雲雀より空にやすらふ峠哉
   瀧(りゅう) 門
 龍門の花や上戸の土産(つと)にせん
 酒のみに語らんかかる滝の花

   西 河(にじつこう)

 ほろほろと山吹ちるか滝の音
   蜻鳴(せいめい)が瀧
布留(ふる)の瀧は布留の宮より二十五丁山の奥也。

津国 幾田(いくた)の川上に有 大和
   布引(ぬのびき)の瀧 箕面(みのお)の瀧

   勝尾寺(かちおでら)へ越(こえ)る道に有。

【意 訳】
   三輪 多武峰
   臍峠は多武峰より吉野へ越える道である。
 雲雀より空にやすらふ峠哉
   瀧門の瀧で
 龍門の花や上戸の土産にせん
 酒のみに語らんかかる滝の花

   西 河
 ほろほろと山吹ちるか滝の音
   蜻鳴が瀧
布留の滝は石上(いそのかみ)神宮より二十五丁山の奥である。
布引の滝は摂津国生田の川上にある。
大和の箕面の滝は勝尾寺へ越る道にある。
津国 布引の滝は幾田の川上にあり。
箕面の滝は勝尾寺へ越る道にあり。

【注 釈】
〇三輪…奈良県桜井市東方にある三輪山。

〈三輪山をしかも隠すか雲だにも情こころあらなも隠さふべしや〉額田王『万葉集』
〇多武峰…桜井市南方にある多武峰および周辺の寺院を含む。山上に談山神社がある。
〇臍峠…細峠とも。多武峰より吉野へ越える峠。「大和の国中より吉野へ越すに、四の坂あり。多武の嶺より越すを細嶺と言ふ。高くけはし。嶺より吉野山見ゆる」(「和州巡覧記」)

〇〈雲雀より…〉…原句は「上にやすらふ」。
〇瀧門…「龍門」の誤記。吉野郡龍門村、龍門岳の麓にある滝。
〇西河…にじこう。吉野大滝とも。吉野郡川上村、吉野川の急流が岩間をみなぎり落ちる。虹河、虹川とも。
〇〈ほろほろと…〉…古来、吉野で岸辺の山吹を詠むのは和歌の定番。〈吉野川岸の山吹ふく風に底の影さへうつろひにけり〉(紀貫之『古今和歌集』)「か」は疑問ではなく詠嘆。
〇布留の滝…奈良県天理市布留町。
〇布留の宮…石上神宮。『日本書紀』で「神宮」と記されているのは「伊勢神宮」と「石上神宮」のみ。日本最古設立の神宮。

〇丁…1丁は約109メートル。
〇布引の滝…現、兵庫県神戸市。生田川上流。歌枕。
〇箕面の滝…大阪府箕面市の滝。歌枕。「大和」は誤り。
〇勝尾寺…現、大阪府箕面市の真言宗寺院。西国三十三観音霊場第23番目。