【原 文】
保美村より伊良古崎へ壱里斗(ばかり)も有(ある)べし。
三河の国の地つゞきにて、伊勢とは海へだてたる所なれども、いかなる故にか万葉集には伊勢の名所の内に撰(えらび)入(いれ)られたり。
此(この)洲崎にて碁石を拾ふ。
世にいらご白(じろ)といふとかや。
骨山(ほねやま)と云(いう)は鷹を打(うつ)処(ところ)なり。
南の海のはてにて、鷹のはじめて渡る所といへり。
いらご鷹など歌にもよめりけりとおもへば、猶あはれなる折ふし、
  鷹一つ見付てうれしいらご崎

【意 訳】
保美村から伊良古崎までは一里ほどもあるだろうか。
三河の国からは地続きで、伊勢とは海を隔てているが、どういうわけか『万葉集』には伊勢の名所に中に選び入れられている。
この岬で碁石を拾う。
世にいらご白といわれるものらしい。
骨山という丘は鷹を捕らえるところだ。
南の海の果てで、鷹が日本に渡ってきてはじめて上陸する所という。
いらご鷹など歌にも詠まれていたなあ、と思うと、いっそう趣深く感じられ、その時、
  鷹一つ見付てうれしいらご崎

【注 釈】
〇伊良古崎…渥美半島西端の伊良湖(いらご)岬。『万葉集』巻1に「伊勢の国の伊良虞の島」。志摩半島から見ると島に見えるからか。実際は三河の国(愛知県)。島崎藤村の詩「椰子の実」でも有名。
〇洲崎…岬。
〇いらご白…伊良湖岬の浜でとれる貝の殻を割って白の碁石を作る。伊良湖崎の名産であった。『毛吹草』に「伊羅期の碁石貝」とある。
〇骨山…こつやま。伊良湖岬の丘陵。現在こやまという。
〇いらご鷹…〈巣鷹渡る伊良湖が崎を疑ひてなを木に帰る山帰りかな  西行『山家集』〉

      〈ひき据ゑよいらごの鷹の山がへりまだ日は高しこゝろそらなり  藤原家隆『壬ニ集』〉