(「対岸」2024年2月号)

 

 

男体山獣の色に枯れにけり

(なんたいさん けもののいろに かれにけり)

今瀬一博(いませ・かずひろ)

 

 

「対岸」(今瀬剛一主宰)最新号を読んでいて、この句に感嘆した。

今瀬一博さんは剛一主宰のご子息、俳人協会新人賞を受賞されている気鋭の俳人。

私と同い年ということもあり、その作品にいつも注目している。

 

掲句。

男体山は栃木県日光市にある標高2,486メートルの火山。

栃木一の名山と言ってよく、観光地であり、歌枕であり、修験の山でもある。

今は呼ばれていないが、昔は「黒髪山」とも呼ばれ、「おくのほそ道」で日光を訪れた芭蕉・曾良一行は、

 

剃り捨てて黒髪山に衣更   

(そりすてて くろかみやまに ころもがえ)

曽良

 

という句を残している。

 

「別に男体山でなくてもいい。」という意見もあるだろう。

しかし、私は一読「男体山」が抜群にいい、と感じた。

「比叡山」「伊吹山」など西の山ではなく、関東の名山だからこそ「獣(けもの)」が似つかわしい。

この山が「黒」がキーワードであることを考えれば「獣の毛」を連想しても違和感はない。

 

が、それもあるが、私はこの句は北関東の風土というか、北関東に生きる者の猛々しい山河賛にも思える。

「関東」というよりも「坂東(ばんどう)」というべきであろうか。

都から蔑まれて来た「坂東」に平安末期、突如として「坂東武者」が歴史に登場したのである。

その荒々しい魂の象徴が「獣」である。

また「坂東武者」以外にもここが修験の山であったことも「獣」という措辞に似つかわしい。

 

東北の俳人・佐藤鬼房の句に、

 

蛟竜よ塩竈の月とくと見よ

(こうりゅうよ しおがまのつき とくとみよ)

 

がある。

この句については以前書いたのでこちらを読んで欲しい。

 

この句は都の「雅」に反発する、みちのくに生きた男の真の「みちのく讃歌」なのである。

同様の感動がこの句にはある。

 

東京は今ビルばかりで四方の山を望むのは難しいが、荒川など広い所に出ると広々とした関東平野を実感することが出来る。

その時、見えるのは西に「富士」、東に「筑波」、北に「男体山」。

冬の富士は優美であり、筑波は低山ゆえ雪をかぶることは滅多にない。

「男体山」はもっとも無骨な山容で、遠くから見ると巨大な岩塊が空から落ちて来たようで、常に黒と青が交差し、冬の初めから雪を被っている。

この山は雪を被ると「青々」と輝く。

「獣の色」に共感するのは、「黒髪」の「黒」と同時にその「青さ」ゆえかもしれない。

 

ちなみに「獣の色」と断じるのを「詩的断定」という。

科学的根拠や客観的要素もなく、作者の主観によって一気に断定するのである。

文芸評論家・山本健吉は、

 

断定とは感動の重さである。

 

と『現代俳句』(正岡子規)で書いている。

「断定」するには「勇気」が必要であり、それを後押しするのが「感動」なのである。

私はこの「獣の色」とは「狼」(山犬)であろうと思う。

 

 

 

 

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