(神奈川県横須賀市津久井浜)

 

 

春暁の雀の中の目白かな

(しゅんぎょうの すずめのなかの めじろかな)

増田龍雨(ますだ・りゅうう)

 

 

明日は西荻窪で句会が二つ、次の日は荻窪で「おくのほそ道講座」、次の日は西荻窪で「野ざらし紀行講座」、次の日は荻窪で句会、次の日は北千住で「芭蕉の五大紀行文」カルチャー講座…、と五日連続で仕事がある。

今日まで横須賀にいたが、今は西荻窪にいる。

 

今日は「青海波」という徳島の俳句結社から依頼された「俳句鑑賞」の原稿を仕上げ、投函して、散歩をする。

里山の「菫」がもう咲いているかな…、と思ったが、まだ咲いていなかった。

 

 

メジロを見かけたが、メジロは警戒心が強く、スマホで写真を撮ろうと思うと、すぐに逃げて行ってしまう。

他には「雀」をよく見かけた。

東京の人と話をすると、

 

雀を見かけなくなった。

 

とよく聞くが、このへんではそういうことはない。

今日はとてもうららかだったので、雀も気持良さそうだった。

 

掲句、メジロは春の季語。

しかし、この句は「春暁」とあるから、「春暁」が主季語だろう。

まあ、どっちが季語なんてどうでもいい。

鳥の事はよくわからないが、メジロと雀は大きさも近く、鳴き声も似ている。

 

春の明け方、雀の中にまじって目白がいる…というもの。

ただ、それだけなのに、なにゆえ切なく感動的なのだろうか。

それはやはり「雀」も「目白」もかよわく健気な命であるからだろう。

「春暁」…つまり夜から朝へと移り変わる壮大な風景の中に、雀と目白が一つの枝に宿っている。

朝焼けが彼らの命を讃えているかのようだ。

 

増田龍雨(1874~1934)は江戸俳諧の流れを汲む「月並俳諧」の俳人。

正岡子規の系譜とは一線を画す。

京都に生まれ、昭和5年に「雪中庵」(せっちゅうあん)を継承した。

雪中庵は、宝井其角と双璧と言われた、芭蕉の高弟・服部嵐雪の別号。

江戸時代は隆盛を極め、大島蓼太なども継承した。

こういう江戸俳諧もどこかなつかしく、楽しいものだ。

 

 

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