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(静岡県静岡市清水区 三保の松原)

三保の松原といえば、「羽衣伝説」「天女伝説」である。
が、今回は「三保」という地名について考えてみたい。

地名の一番先に使われる「み」は、もともとは「御」(み)である場合が多い。
例えば、「岬」(みさき)という字は、もともと「御崎」「御埼」であった。
「御」は、

神様が棲むところ、神聖なところ

という意味である。
ちなみに「崎」「埼」は「先」、・・・つまり「突端」のことで、「岬」とは簡単に言えば、

神聖なる陸の先っぽ

ということである。

さらにいうと、古代人は「美しいところ」に「神が宿る」と考えていた。
「御」(み)は「美」(み)の語源である、とも言われている。
だから岬は、

美しい陸の先っぽ

という意味でもある。
美しいところには必ず神がいる、それが古代人の思想である。

おそらく、この「三保」の「み」ももともとは「御」ではないか、とは前々から思ってはいた。
三保の松原を歩いた時、松原の中に「御穂(みほ)神社」を見つけた。
これが三保半島、三保の松原の守護神である。
ということは、「三保の松原」とはもともとは「御穂の松原」だったのではないだろうか。

では「穂」とは何だろう。
稲穂の「穂」だろうか。
私はそうではなく、葦の「穂」だと考えた。

神話では、日本のことを「豊葦原」(とよあしはら)と言っている。

葦が豊かに生える国

という意味で、日本の「美称」とされている。
なぜ「葦」かといえば、昔の日本は大部分が「湿地帯」で、葦が生い茂っていたからである。
「葦の角」つまり「葦の芽」は、生命力の象徴、誕生の象徴ともされ、そこに「神が宿る」と言われている。
「日本書紀」では、天地開闢の時、まず、混沌から「葦の芽」のようなものが生まれ、そこから最初の神、

国常立神(くにのとこたちのみこと)
国底立神(くにのそこたちのみこと)
豊斟渟尊(とよくむぬのみこと)

が生まれた、と書かれている。
天地が生まれて、最初の生命が「葦」であり、「葦」から天地の最初の「神」が生まれている。
葦こそ、神宿る草(?)なのである。
おそらく古代人は「葦」のみるみる伸びてゆく姿に、旺盛なる生命の象徴を見ていたのだろう。

静岡が古代はほとんど富士山の湧水によって湿地化していただろう、そして葦ばかりの国だったろう、ということは以前に書いた。

東海道 江尻~府中1 草彅神社

三保は、安倍川が運んできた土砂が堆積して、生まれた半島と言われている。
そうであれば、間違いなくここも広大な湿地帯で、豊かに「葦」の生える地であり、その美しい地形の姿から「神宿るところ」「美しい神聖な葦の生まれるところ」と呼ばれたのではないだろうか。
ちなみに三保の松原は、三保半島の中にある。
三保の松原とは、「三保半島の松原」ということである。
で、あるから、「御」「美」は「松原」の美しさではなく、堆積によって生まれた「半島の姿」を「御」「美」と言ったのだと思う。

※写真は御穂神社の御神体である「羽衣の松」