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「詩学」1・2月合併号が届いた。
この雑誌で私は毎月「俳句時評」を書かせていただいている。

今回は、「紫」60周年記念祝賀会(山崎十生主宰)で行われたフランス人の俳句作家・マブソン青眼(せいがん)さんの講演 写生を超越した俳諧ルネッサンスを求めて を紹介した。

マブソンさんは現在、早稲田大学大学院で小林一茶の研究をされている。
講演で彼は、正岡子規の写生理論の根本となった西洋絵画の写生主義、模範とした与謝蕪村の写生俳句についての見解を述べながら、

子規の写生論は子規の勘違いから生まれたものであり、その芸術的にさほど高いレベルに無い「写生論」に近現代俳句はとらわれずぎた。

として、新しい時代に即した俳諧を開拓してゆくべきではないかと述べた。

フランス人ならではの西洋絵画への造詣、古俳諧研究者ならではの俳諧への造詣があり、両面の知識を持つ彼でなければなかなか見つけられない視点であり、とても面白かった。

内容については反論したり、もっと詳しく聞いてみたいところはあった。
しかし、何より自分の思うところを堂々と述べている、その姿勢が爽やかだった。

時評では、その講演内容を紹介しながら、実作ももちろん大事ではあるが、子規の写生論から100年経とうとしている今、新しい俳句論が待たれる。
特に若い世代が批判を恐れず、自分の考えを「論」としてまとめ、堂々と世に問う姿勢が大切なことではないかという内容である。

森澄雄さんは若かりし頃、石田波郷論を書いた。
その中で、

霜の墓抱き起こされし時見たり    波郷

という句があり、これは病臥の波郷が抱き起こされた時、窓の向うのお寺の霜の墓が見えたという句なのだが、澄雄さんはこの句を、霜の墓が倒れていて、それが抱き起こされるのを見たという鑑賞をして、赤っ恥を掻いたという話がある。

しかし、それも今となっては、澄雄さんの伝説になっている。
そこには若かりし日の澄雄さんが、波郷に肉薄しようとした情熱ゆえの失敗であるからだ。

若気の至りという言葉がある。
私たちはもっともっと若気の至りで恥を掻くべきなのだ。
若気の至りは情熱ゆえの失敗であり、いくらでもやり直すことが出来る。
マブソンさんの講演を聞いて、そんなことを考えた。