恋の炭酸ガス
生ビールの炭酸ガスを交換する。このガスが切れると、どれだけ騒ぎ立てても、愛も生ビールも出てきはしない。炭酸ガスは生ビールを押し出す役割と、樽の中の圧力を保つ役割を担っている。一応簡単なメーターは付いてるので、ゼロ付近にくると圧力低下を目で、舌で、肌で、腰で察知して交換する。もちろん、恋の圧力低下の場合もそうだ。
と言っても作業は難しくは無い。この工具でネジ一個回せば交換することができる。当たり前だが緩める前、ガスは止めておかないといけない。ガスは残ってるので、噴き出してビビらされることになる。
しかし難儀なのは、場所が狭いということと、一応ガスなんで強めに締めてるということ。体勢も悪いし、力も入りにくい。髪も乱れる。くーっ、我ながらビビッてよう締めてるね。こんな狭いトコロで力入れて、頭に血が昇っちまうぜ。
あと、急にネジが緩むことも頭に入れておかないと、手を打って中指の皮が剥けることになる。そうそう、別れ際も‥
と言っても作業は難しくは無い。この工具でネジ一個回せば交換することができる。当たり前だが緩める前、ガスは止めておかないといけない。ガスは残ってるので、噴き出してビビらされることになる。
しかし難儀なのは、場所が狭いということと、一応ガスなんで強めに締めてるということ。体勢も悪いし、力も入りにくい。髪も乱れる。くーっ、我ながらビビッてよう締めてるね。こんな狭いトコロで力入れて、頭に血が昇っちまうぜ。
あと、急にネジが緩むことも頭に入れておかないと、手を打って中指の皮が剥けることになる。そうそう、別れ際も‥
雪国
追いかけて 追いかけて 追いかけて~♪
ということで、夏なのに川端康成 雪国。”国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。”
以前、川崎市民だったころ、今の愛車で湯沢へスノボーをやりに行ったことを思い出した。ちょうど中越地震の年。というより、関越トンネルを抜けた時、相方がこの台詞を言ってたのを思い出したので、今回読んでみた。
情景の表現と人物の心の色が美しく描かれている。というか、文章で書いてある。美化された思い出と重なるのか、豪雪地帯の情景が沸沸と思い出された。これだけの情景を文章だけで表現すること、すごいと思う。逆にいうと、文章だからこそ、この密度が表現できるのかもしれない。この密度を映像で表現するのはちと難儀かも。
しかしあの豪雪、九州人の自分には美しい、美化された思い出だ。高速の検問でスタッドレスと偽ったこと、それ故高速雪道の恐怖で腹が痛くなったこと(チェーンは持ってました)、豪雪の露天風呂、豪雪の中の居酒屋、またそこで飲んだ新酒の八海山、双方とも財布を無くして窮地に立たされたこと‥
その時のことは、いつの日か出筆する桝永誠吾 追いかけて雪国で、お楽しみくだ砕。




