菊の香や奈良にはふるき ほとけたち | 一輪挿しのBLUES

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風流ならざるところ、また風流なり。


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其処に一つの画面が存在していると仮定いたしまして、

その空間を埋め尽くし全てを表現していくというのが

油絵などの洋画であるのに対し、必要最小限の筆致で画面の余白を

活かそうとするのが水墨画や日本画のような気がいたします。

そこに何も描かないことで余白という不思議な空間が存在を為し

観る側の想像力を掻き立ててくれるものでございます。

西洋の文化はエネルギーを完全放出するものが多く

太陽のような力強さがあり、東洋、特に日本の文化は

静かで穏やかな空気で全てを包み込む月のような温かさがあるように感じます。

太陽だから、月だからという善悪の問題ではなく、それぞれの特徴なのでございます。


四君子の一つでもあります菊の花は寿命の永さから長寿の象徴とされておりまして

その種類は多く、タンポポなども含めますと300種にも及ぶそうでございます。

中国では古来より玉露と称されるほどに気品の漂う花として珍重されてきたようです。

生命力の強さ、見ごたえのある花弁、可憐にして気品を漂わす存在感。表したい本質は

胸の内にはあれど、いざ表現するということは誠に困難でございます。

己の実力に苛立ち困惑こそ致しますが、創意功夫とはこの困難が立ちはだかるが故に

湧いてくるものでいつの間にやら其処を楽しんでおります自分が時折顔を覗かせますもので、

それが今現在も飽きずに懲りずにいられる理由の一つかもしれません。


古より伝えられております名品の数々から漂う気品という香りを、

いつの日か己が作品からも漂わせることができたら本望でございます。


前途は多難ということでございましょう。