おはようございます。

 

昨日夜はアメブロがダウンしちゃって更新できなかったんですね~

 

いつも当たり前に動いてくれるものが動かない焦りとか不安ってあるよね~

 

でもだからこそいつもの当たり前が大切なんだな~~て思えるしねニコ

 

 

 

 

私は30代中盤 自分の不手際から大きな悲しい出来事を引き起こして

 

今思うと半分くらいは鬱・・・っぽかったのかなあと振り返るわけ。

 

 

で、今思うとその頃って自分の周りに自殺者がいっぱいいたな~~って事。

 

指で数えると往復しなくちゃいけないくらい・・・

 

これって普通だと思っていたら、後に遠方の友人に話して

 

「私の周りに自殺した人はいないよ」と言われて

 

「あ、そういうもんなの・・・??」と

 

自分の周りが普通じゃないことを改めて知った衝撃・・・アセアセアセアセ

 

悲しいことにすごく親しくしていた人もその中に含まれていたし

 

女だらけの職場では何かとストレスも多くって

 

私もまだまだ若くて 何の余裕も 理性も未熟だったので

 

自分の中も外も何とも悶々としていた時期。

 

 

その時図書館で巡り合ったのが

 

中山庸子さん著「明日が待ち遠しくなる言葉」

 

当時自己啓発とかスピチュアルとか言う分野があったのかどうか定かではないけれど

 

心の中にあったかい灯りがともったような気がする一冊だった。

 

短いけど明日が憂鬱だったアラフォーに有益な言葉が

 

短くも心地よくまとめられていて開くたびに元気づけられた。

 

 

中山さんはこの後「夢ノート」という書いた事が実現するというノート法とか

 

本を出されて私も真似っこして書いたり作ったりしたっけ。

 

もうその本はないけど

 

今思うとあそこに書いたことの多くはかなってるんじゃなかろうか・・・ガーン

 

 

人間 うんと悲しむことがないと  

 

もうどうにも辛くてそこから逃げ出したいという位の感情がないと

 

次に進まない事もあるよね。

 

その悲しみのままに  その苦しみのままに動けなくなる事も勿論あるだろうけど

 

私はあの中から

 

ちょっとだけ進むことが出来たから

 

明日に向かうことが出来たから今があるんだなと思う。

 

 

ダメでドジな昨日には帰れないけど

 

少しだけそこよりも良くなるかもしれない明日に行けることが生きてること。

 

生きてることは当たり前じゃない。

 

あの日以来時間が止まった人たちが教えてくれる。

 

私の心の中で当時のままで生きてる姿で。

 

 

 

そう思うと今のちょっとした凹みも必ず何かに変わる。

 

だってきっとそのために私は今回

 

「ホ・オポノポノ」に出会ったんだろうって思うから。

 

 

昔も今も自分にダメを付けるのは

 

自分だけ。

 

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ありがとう

ごめんなさい

許してください

愛してますドキドキ