「あのう」とピーターズ夫人はだしぬけにいった。「この近くに、たちの悪い人がいますかしら?」
たちの悪い人という言葉は、この小男の英語知識には入っていなかった。ピーターズ夫人は、そのいわんとするところを、もっと平易に表現した。彼女がその答えとして受け取ったのは、デルフォイのまわりの人間はみな、きわめて善良で、きわめておとなしく――みな外国人に対して好意を持っている人間ばかりです、という保証の言葉だった。
言葉が彼女の口辺まで出かかったが、彼女はそれをかみ殺した。あのいまわしい脅迫が、彼女の舌をしばりつけたのだ。もしかすると、ほんのこけおどしかもしれない。でも、もしそうでなかったら?アメリカにいる彼女の友人の一人が子供を誘拐されたことがあった。そして、その友人が警察に届けると、子供は殺されてしまった。現にそんなことが起こったではないか。