自活屋徳々の誰にも読まれない役立たずな随筆 -6ページ目

自活屋徳々の誰にも読まれない役立たずな随筆

あくまで自分の関心のあることだけを綴る随筆で、それが誰かの役に立つかどうかは読み手に委ねるところ。
私が一番関心あるものは、どうやって死ぬか。死に様は生き様の末路、ならばそれまでの行程は、激しく穏やかに溌剌と愉快に生きてゆきたい思いです。

先週末、月一の帰阪でした。

以前からずっとお会いしたかった人と

京橋のオシャレなカフェで盛り上がり

その後地元の仲間たちと

地元の居酒屋さんでさらに酔い上がり

最終日は家族と海鮮丼をかっ喰らいながら

娘たちのなだらかな成長を

ただ噛み締めていました。


我が帰阪の旅は毎回以下のような

ルーティンになっています。


1

会いたい人とお茶かご飯を共にする


理由としては

相手がどんな人かを知ることに

大きな喜びを感じれるからです。

以前まで占いをやってたのは

ある種の天職でもありましたが、

今は小説のネタに使う

ヒントを得るためでもあります。


特に痛みを生じた人生の経験は

時にその人を如実に物語っています。

そことどう向き合ったか

そこをどう乗り越えてきたのか

それをどうやって手離したのか

そこにその人の本質が観えてきます。



2

地元の仲間との飲み会をする


彼此今年で7年目に突入

以前は半年に一回のペースでしたが、

私が東京へ転勤してから私の都合で

月一へとなりました。


学生時代の時間の感覚と今とでは

一カ月という単位はあっという間、

しかもみんな心の何処かで私と同じように

孤独を感じているようにも思えます。


やはり一番大きなポイントは

幼少時代を知っていることです。

いつでも自分はみんなの前で

裸になれるということです。


幼少時代と比べ

もちろん社会的な成長はありますが、

昔の面影と比較した時の誤差加減が

堪らなく愛らしいのだと思います。



3

家族とのご飯を共にする


東京へ転勤する前は

毎日当たり前の行程でしたが

やはり家族とのご飯の時間が

私には一番しっくりきます。


自分の居場所は此処にあると思えます。


此処が一番のパワースポットで

此処からパワーを使いに

外へ出ていくという流れです。


人生でもし結婚や子供がいなかったら、

私はもっと早くに自殺していたと思います。


かなり神経質で内向的で繊細で

人と合わすことのできないややこしい私は

きっと世間をうまく

渡れていなかったと思います。

今でも上手く渡れていませんが、

やはり家族という

大きな十字架を背負うことは

責任が伴うということで、

それまでの私の人生は

責任から如何に逃れるかに

注力を置いてきましたが、

家族を養う経験は、

私の大きな役割だとこの年になり

痛切に感じています。


私が生き延びれているのは、

家族のおかげやと断言できます。


父親という役割は正直に云えば

遊び人の私には

向いていないと思いますが、

子供たちが社会に出るまでは

父親面するつもりです。


社会へ出たらライバルになるのか

友達みたいになるのかわかりませんが、

父親は卒業するつもりです。


何故なら父親という存在は

権威の象徴みたいなもので、

実はとても孤独だからです。


それは私が親父を見てそう思うわけですが

私もまた親父の影響を

大いに受けているからでしょう。




来月末また帰阪しますが、

次回もまた同じ

歓喜と孤独のルーティンに

なることでしょう。


それが、ちょうどいい感じなのです。




自活屋 徳々