車椅子に移乗させる妹を見て、初めて病院側は、妹が看護師であることを知りました。
この病気は、身体の自由を奪い、車椅子に移動するのでさえ、リハビリで訓練をしなければ
難しいのです。
当時は、急性期の母を動かすにはまだ早く、転院させるのは無理でした。
ここは病院なのになぜ、呆れると同時に、自分達で母を守らなければと思いました。
その報告を受けた私は、病院側に怒り心頭し、抗議もしましたが、変わらず、自分達の仕事を
休んだり、早退したりと調整をしながら、病院の監視と、母の世話をする為に、
泊り込みもしました。
看護師の妹と、理学療法士の私には、とても考えられない病院の体制でした。
なかには、しっかり管理され、勉強もよくしていらっしゃる病院のほうが、多いのですが・・・
たまたま悪い病院にあたってしまった、看護師もアルバイトの方が多かったです。
申し送りもきちんとされてなく、看護師同士の疎通もできていない、どの人が師長なのかも
わかりませんでした。人手がなく、スタッフも忙しかったのでしょうか。
責任感をぜんぜん感じない病院でした。
母が倒れてからは、毎日病院に通いました。
ベットに横になって、いかにも病人になっていく母の手を、必死で揉み解し、出来る限りの
リハビリをやりました。
昔は、とにかく落ち着くまでは、安静にするというのが合言葉のようでしたが、今の医学では
早い段階から、リハビリをする、倒れてすぐが、勝負なんです。
早め早めの処置が、望まれます。