この町
台風一過の 町は青空
地図帳のま四角い枡の目の中に
ぽんと置かれた わたしの駒
白いはっぴを着た子供たちが
二つに結った髪の上に
ねじり鉢巻きさせられて
母親に手を引かれて
祭囃子の音のほうに向かう
通りには月の色の提灯が並ぶけれど
どこの神社で祭りはあるのか ここの慣わしをまだ知らない
はっぴ姿の老人が
通りすがりに 物珍しそうにわたしを見る
この町には歴史がない
わたしの歴史は一つもない
だから時間がない
本物の蛙の声も聞こえなくなったのは
もう稲が根を張ったから
あの蛙は何処に逃げたのだろう
フェンスから小さな手を出す子供に捕まえられることもなくなった
田園の青 空の青
時間を嫌っているのでも
すべて捨てたつもりもないけれど
マクドナルドのホットケーキは同じ味
プラスチックのナイフとフォークのぶつかり合うのは同じ音
近所のホームセンターで植木鉢を買おうか
根っこのないわたしの小さな庭に
相変わらずのこの小部屋に
ミュシャの絵
ミュシャの絵を買いました
値下がりしていたからです
店員の中年女性は にこやかに
景品のうちわまで付けてくれました
ミュシャの絵が好きだと
素直な女性に見えるのは
ミュシャの絵の女神は
とても素直そうだからです
わたしは従順な女神を
愛でていますが
それは
飼い馴らそうとしているからなのです
わたしの部屋にあるものたちは皆
わたしに従順な顔をしているのです
わたしを挑発するものは
もはや許せないのです
唯一支配できる
わたしのこの小部屋においては
それは わたしはこの部屋から 一歩外に出れば
周囲のもの全てに
とても従順だからです
著者: アルフォンス ミュシャ
タイトル: アルフォンス・ミュシャ
著者: アルフォンス ミュシャ, 与謝野 晶子
タイトル: 夢想―ミュシャ小画集
著者: レナーテ・ウルマー, ABC Enterprises
タイトル: アルフォンス・ミュシャ―アール・ヌーヴォーの幕開け
泥の舟
今夜も 泥の舟に乗る
他人の体温は 欲してはいない
自分の体温は 尚更 欲していない
ただ この体に埋め込まれている
喉に詰めこんだまま引っ掛かった言葉たちを
飲み下すために唾を呑み過ぎて
アルカリの豆電池が
喉につかえたままで
取り出して欲しくて
今夜も 泥の舟に乗る
よく焼けたトーストに
黄金色のバターが溶けて滲むように
クーラーで冷え切った体に
他人の湿った憤りが じわりと滲んでいく
劣化した欲望が 遺棄する場所もなく
小さな灰汁の吹き溜まりとなって
指紋だらけの 泥の舟を造る
触れる肌もまた
何かを取り出して欲しいのか
体を探り合えど
感じることができない
互いに 何にも取り出せやしない
それでも 繰り返す
騙された ふりをして
泥の舟だと 知らないで乗ってしまったと
黒い海に舟底から溶けてゆく
白い月明かりは 柔らかくそれを見届ける
溶ける 泥の舟
今夜も 熱帯夜
エレベーター
銀の扉が目の前で閉まる
目の前に差し出されたメニュー
今日はどれを選ぶかと
三角のボタンで
昇る 下がる
丸いボタンで
奇数 偶数 一桁 二桁 地下 屋上
赤いボタンで
開く 閉じる
最初に誰かが乗り合わせて緊張感
そのうち満員になって一転人は物へ
他人の体温に辟易
扉から人を吐き出して
また自分だけのエレベーター
扉の向こうで言えなかった言葉を呟くのも
ステップを踏むのも自由
エレベーターは闇の中で轟音とともに操られている
巨大な歯車に巨大なワイヤーを
絡ませて
一気に頂点へ
そして一息入れてから 一気に底に叩き落す
その瞬間 少しだけ足元が浮く
鉛の歯車に酸化したワイヤーの綱が
火花を散らす
オレンジの火花を
箱の中のわたしには何も見えず
鼓膜の奥でかすかな轟きが聞こえるだけ
つま足が床から離れるような感触だけ
丸ボタンの一つを 押す