七色遠景 -23ページ目

この町


台風一過の 町は青空

地図帳のま四角い枡の目の中に

ぽんと置かれた わたしの駒

白いはっぴを着た子供たちが

二つに結った髪の上に

ねじり鉢巻きさせられて

母親に手を引かれて

祭囃子の音のほうに向かう

通りには月の色の提灯が並ぶけれど

どこの神社で祭りはあるのか ここの慣わしをまだ知らない

はっぴ姿の老人が

通りすがりに 物珍しそうにわたしを見る

この町には歴史がない

わたしの歴史は一つもない

だから時間がない

本物の蛙の声も聞こえなくなったのは

もう稲が根を張ったから

あの蛙は何処に逃げたのだろう

フェンスから小さな手を出す子供に捕まえられることもなくなった

田園の青 空の青

時間を嫌っているのでも

すべて捨てたつもりもないけれど

マクドナルドのホットケーキは同じ味

プラスチックのナイフとフォークのぶつかり合うのは同じ音

近所のホームセンターで植木鉢を買おうか

根っこのないわたしの小さな庭に

相変わらずのこの小部屋に



カモメに思う



空を掬うように

海を掬うように

カモメは海面を撫でる

浅く淀んだ川の向こう

潮の匂いの方へ飛び去る

カモメの瞳に異人の光を見る

飛びながらも胸を張り

白い羽毛は夥しく重なり合って

陶器のように滑らかで

飛行体且つ生命体であることの羨ましき

わたしの体は漠として

河原に打ち捨てたる黄色いゴム手袋の如き

黄味がかった手それだけが

温かに触れられるもの

細胞のひしめき合うのを感じられるもの



ミュシャの絵


ミュシャの絵を買いました


値下がりしていたからです

店員の中年女性は にこやかに

景品のうちわまで付けてくれました

ミュシャの絵が好きだと

素直な女性に見えるのは

ミュシャの絵の女神は

とても素直そうだからです

わたしは従順な女神を

愛でていますが

それは

飼い馴らそうとしているからなのです

わたしの部屋にあるものたちは皆

わたしに従順な顔をしているのです

わたしを挑発するものは

もはや許せないのです

唯一支配できる

わたしのこの小部屋においては



それは わたしはこの部屋から 一歩外に出れば

周囲のもの全てに

とても従順だからです





著者: アルフォンス ミュシャ
タイトル: アルフォンス・ミュシャ



著者: アルフォンス ミュシャ, 与謝野 晶子
タイトル: 夢想―ミュシャ小画集



著者: レナーテ・ウルマー, ABC Enterprises
タイトル: アルフォンス・ミュシャ―アール・ヌーヴォーの幕開け

泥の舟


今夜も 泥の舟に乗る


他人の体温は 欲してはいない

自分の体温は 尚更 欲していない

ただ この体に埋め込まれている

喉に詰めこんだまま引っ掛かった言葉たちを

飲み下すために唾を呑み過ぎて

アルカリの豆電池が

喉につかえたままで

取り出して欲しくて

今夜も 泥の舟に乗る

よく焼けたトーストに

黄金色のバターが溶けて滲むように

クーラーで冷え切った体に

他人の湿った憤りが じわりと滲んでいく

劣化した欲望が 遺棄する場所もなく

小さな灰汁の吹き溜まりとなって

指紋だらけの 泥の舟を造る

触れる肌もまた

何かを取り出して欲しいのか

体を探り合えど

感じることができない

互いに 何にも取り出せやしない

それでも 繰り返す

騙された ふりをして

泥の舟だと 知らないで乗ってしまったと


黒い海に舟底から溶けてゆく

白い月明かりは 柔らかくそれを見届ける

溶ける 泥の舟

今夜も 熱帯夜



エレベーター


銀の扉が目の前で閉まる


目の前に差し出されたメニュー

今日はどれを選ぶかと

三角のボタンで

昇る 下がる

丸いボタンで

奇数 偶数 一桁 二桁 地下 屋上

赤いボタンで

開く 閉じる


最初に誰かが乗り合わせて緊張感

そのうち満員になって一転人は物へ

他人の体温に辟易

扉から人を吐き出して

また自分だけのエレベーター

扉の向こうで言えなかった言葉を呟くのも

ステップを踏むのも自由

エレベーターは闇の中で轟音とともに操られている

巨大な歯車に巨大なワイヤーを

絡ませて

一気に頂点へ

そして一息入れてから 一気に底に叩き落す

その瞬間 少しだけ足元が浮く

鉛の歯車に酸化したワイヤーの綱が

火花を散らす

オレンジの火花を

箱の中のわたしには何も見えず

鼓膜の奥でかすかな轟きが聞こえるだけ

つま足が床から離れるような感触だけ


丸ボタンの一つを 押す