ロースカツを頬張る。溢れ出る肉汁は僕の口角をだらしなく緩ませる。
キャベツを頬張る。春の渓谷を流れるような青さに僕は歓喜する。
いざ進めやキッチン、目指すはヒレ肉。
夜はまだまだこれからだ。
海辺の町で、彼女はシャワーを浴びながらオシッコを垂れ流していた。
垂れ流したそれは、彼女の内股を伝う、彼女の膝を濡らす、彼女の足裏をくすぐる。彼女は読みかけの小説の一節を思い出しながら、ぶるりと身震いをした。真っ赤なルージュと緊縛について書かれたその小説は、彼女の官能を充分に刺激した。
シャワーの音と、外から滑り込むクジラの歌とが混じり合う。しかし彼女の恍惚とした気持ちは二つの音の共鳴に気づかせずにいた。それはお互いを愛撫しあいながら、より強大なうねりへと変化させていった。
彼女のそれに気づいたのは、シャワールームで排尿を始めてから24分後である。シャワールームのタイルがガタガタと震え出したのである。しかし彼女はまだぼうっと温水を浴びたままたたずんでいる。窓から彼女を覗くハエはこう思った。「バカな女だ!」
嫌な音がした。幌馬車が横転したような音だ。さっきまでハエがしがみついていた窓は真っ赤な血がこびりついていた。ハエはもう一度中を覗き込むと、頭のない死体がシャワールームに転がっていた。
僕はサラ・ヴォーンの歌声に敵う女性ヴォーカルはないという世間の下馬評を信じて、TSUTAYAに寄り「枯葉」というアルバムを借りてきた。家に帰りCDプレイヤーにレコードを置くように丁寧に乗せてから、再生ボタンを押す。キュイーンと耳鳴りみたいな音をまき散らしながらCDは光の速度で回り出す回り出す。
おや、おかしい。光の速度で回り出したCDは音楽を歌おうとはしなかった。ただ回るのみで、そこにあるという事実以外には何も僕に与えてくれなかった。それは皿に上がったエビフライみたいな存在感だった。エビフライだったなら食べてしまえばいいが、CDをむしゃむしゃと噛みしめるほど空腹でもなかった。
結局、僕は音も出ないCDにお金を払い、エビフライを食べたいという欲求だけを手に入れた。それは精神的コンキスタドールの陰謀に違いなかった。それが違っているのならば、吉行淳之介的コンキスタドールだ。僕はただサラ・ヴォーンの歌声を聴きたかっただけなのに、いつの間にか僕はどこかの秘密組織の陰謀のためにインディオと同じ素っ裸にされ、涙の旅路を歩かされるのだ。そんな悲しみがあるだろうか?僕はいったい何のために悲しんでいるのか?
そこでCDは終わる。サラ・ヴォーンは歌い終わる。彼女の枯葉に関する歌唱は終わる。僕の涙の旅路も終わる。

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僕が映画を観るようになったのは大学三年生の時だから、まだ一年と半年ほどしか経っていない。と言うのも、僕はもともと映画が大嫌いだったのだ。
金曜ロードショーウや水曜プレミアム…僕が小学生の時はまだテレビで毎晩洋画が観れた時代だったけど、どの映画を観ても爆発音やアジテーションの様な怒鳴り芝居ばかり(事実がどうかは別としても、少なくとも当時はそう思った)。
ぼんやり観ていても先は何となく読めたし、つまらなかった。いつの間にか映画をまったく観ない少年になっていた。


大学三年生の時にたまたまタランティーノの「パルプ・フィクション」を観たのが映画を観始めたきっかけだったが、アレは本当に衝撃だった。クライマックスのレストランのシーンを固唾を飲んで見守ったあの日を、今でも鮮明に思い出せる。そしてエンドクレジットが流れ出すと同時に「ああ、俺は馬鹿だった!」と心底思ったのでした。


先日パルプ・フィクション以降に観た映画作品を数えてみた(何とも暇人である)。もちろんカウントし忘れたものもあるだろうが、僕は一年と半年ほどの間に313本の映画を観ていた。
いちいち数を数えるなんて真のシネフィルの御歴々からすれば、何とも滑稽かもしれないが、今まで映画というものにほぼ接したことのなかった僕にとって、とにかくたくさんの数を観るというのはとっても重要なことに感じられた。


僕は今年の三月で遂に(あるいはやっと)大学を卒業する。
大学に入っても結局何も変わらなかった気もするし、実は色々変わった様にも感じる。実際のところよく分からない。
でもそれでも一つだけ言えるのは、大学に入って映画に興味を持てたということは僕にとって貴重な財産になったということだ。
レンタルのビデオ屋(死語)で、あるいはテレビで、僕は一度も観たことのない作品に触れるようとする時、どこまでも純粋な喜びを感じることができる様になった。「いったいコレはどんな映画だろう」。その気持ちはもうずいぶん長い間忘れていたものだし、また思い出すことが出来て本当に良かったと思う。
最近、僕の周りの音楽事情はにわかに騒がしくなってきた。そう言うもったいぶった言い方は良くないけど、端的に言ってしまうとすごく音楽が聴きたい気持ちになったというだけのことです。
じゃあ少し前まではそういう気持ちではなかったかと聞かれればその通りで、僕は時々一秒足りとも音楽なんて聴きたくない気持ちになる時がある。そんな時は無理せず、iPodなんてものはそこら辺に放ってしまって、ぼんやりととりとめのないこと事でも考えながら通学の行き帰りをこなすのだ。



それで最近また音楽をむさぼるように聴き込んでいるわけである。
少し前に亡くなったテリー・キャリアーの無骨な声に陶酔したり、ネルソン・カヴァキーニョの老成したギターの音に痺れたりした(僕は楽器に関しては完全に無知だけど、カヴァキーニョのギターは何故か理屈抜きに惹かれるのだ)。
色々と聴き込んだが、その中でも取り分け僕が最近気に入っているのはブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブだ。彼らはキューバの老ミュージシャン達の集まりで、メンバーのほとんどが既に一線から引いていたが、色々あって1997年に集結しアルバムを制作した(そこら辺の詳しい理由は彼らを題材にしたドキュメンタリー映画やネットで調べてみてほしい)。



僕がこのアルバムに出会ったのはつい最近で、たしか一年ほど前だ。たまたまTSUTAYAで目に入って借りたのがきっかけだが、それはとても素敵な出会いだった。
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのミュージシャン達の故郷であるキューバは亜熱帯の国で、乾季と雨季とが交互にやってくる。夏は暑いが冬の気温は20度前後で過ごしやすく、この時期はアメリカから避暑に訪れる観光客も多いという。
キューバはきっと良いところなのだろうと僕は思う。僕はキューバからずいぶん離れた日本という国で真冬にコタツに入りながら、このアルバムを聴いている。コンゴやボンゴのリズム、老ミュージシャン達の哀愁を帯びた歌声。僕はたぶんこれからどれだけ歳を重ねようとも、こんな声は出せやしないだろう。別に日本人である自分を卑下するつもりはさらさらないが、それでも少しだけ妬ましくも思う。