昨日は西麻布界隈のクラブへ遊びにいってきました。
起きたらけっこう記憶がなくなっていますが(笑)、
楽しい感じとか、帰り道を間違えて
変な場所でタクシーを拾ったことはちゃんと覚えてます。
クラブ・・・年甲斐もなく未だに好きで困っちゃいます。
さて。
先週、1年以上通っていた英会話スクールを
いったん休会することにしました。
・・・はい、勉強していたくせにまったくと言っていいほど身についてません。
だから、「あの英語力でスクール通ってたの!?」って驚かないで(涙)。
休会に至った理由は、
今後の仕事のスケジュール感がわからないため、ということもありますが、
一番は、何のために英語の勉強をしているのかわからなくなってしまったこと。
秋に、TOEICを受験予定だったのですが、
よくわからない体調不良を理由に、結局行かなかったんです、私。
受験料もちゃんと払ったし、勉強用のテキストも数冊購入しました。
でも・・・そのために勉強した記憶はないんですよね・・・。
そのころから、「なんで英語を学んでいるのか」を考えるようになりました。
この前ハワイへ行ったときに全然話せなくて、通じなくて、
むしろ向こうの言っていることもちんぷんかんぷんで、すごく悔しい思いをしたし、
英語でもっと多くの人とコミュニケーションがとれたらいいなとも思っているし、
外国の方に英語で道を聞かれてうまく答えられないのは気まずいし、
世の中的にも英語ができないと困るという雰囲気になってきている。
考えれば勉強する理由はいくらでも挙がるんですけど、
どうしてもそれが直接的なモチベーションにはつながらないんですよね。
英語ができなくて困ることはひとつもないのが現状だし・・・。
それに、正直なところ、文法を学ぶ必要性を少しも感じなくて。
もちろん、文法が正しい方がいいのはわかってるんですけど・・・
本田直之氏の著書で、
「変な英語でも伝わればOK」というようなニュアンスのことを読んだ時から、
文法が自分に必要なことなのかも疑問でした。
私は、会話でコミュニケーション、意思の疎通がはかれればそれで十分なんです。
だって私は日本人だもの。
ネイティブじゃないから、完璧な英語なんて必要ないもの。
仕事でビジネス英語がマストなわけでもない。
だから、発音や会話の練習は勉強になったと感じても、
問題を解いて答えを書くと言う作業はピンとこなかった。
時間をかけて考えた答えが合っていても、
スピード感のある会話の中で、それはほとんど役に立たないから。
ただ、やっぱり危機意識は感じているので、
落ち着いたら何らかの形で勉強の再開はしたいと思っているのですが。
「何のために英語を学ぶのか?」を明確にして、
それに沿った勉強の仕方を選ばないと、
また同じことの繰り返しだわ、とは思うのです。
「何のために勉強するの?」
何のために。
勉強に限らずですが、何事もココが明確じゃないと
行動&継続するのは難しいものですね。