夢を届けるリコーダー奏者 すがけい

夢を届けるリコーダー奏者 すがけい

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リコーダーのこと、家族のこと、興味を持った様々なことについて、

肩肘張らずに、とりとめもなくつらつらと書いていこうかと思っています。

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痛ましい事件が起きました。
亡くなられた方々のご冥福と、被害に遭われた方々の恢復をお祈りします。加害者の行動は到底許されるものではない、と、初めに明示しておきます。

その上で、今回の事件で感じたことは、教育に携わる者としての責任の重さ、そして社会を形造る一人として、被害者、加害者の双方に対する謝罪の気持ちです。

教育基本法の第1条には、
「(教育の目的) 教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」とあります。

教育の目的に沿った指導をしていれば、今回の加害者のような人間が生まれる確率は低くなるはずです。今回のような事件が起きることは、教育の敗北だと肝に命じ、教育に携わっていかなければならないと、私は感じました。

さらに、加害者が、今回の行動に至った理由を想像します。おそらく、孤独だったのではないでしょうか。教育基本法第1条にある「個人の価値」をたつとばれるような環境になかったのではないでしょうか。加害者が、人格を尊重される社会であったなら、このような事件は起きなかったのではないでしょうか。
その社会を形造る一人として、被害者にも、加害者にも、申し訳ない気持ちが心に湧き上がっています。

今、教室では、一人も見捨てない、一人も見捨てないことを諦めないことを目標に、活動をしています。誰かを見捨てることは、誰にとっても損であると、繰り返し語っていこうと思います。今回のような被害者が出ない社会を作るために、今回のような加害者が、誰かを傷つける前に思いとどまれるような社会を作るために、自分にできることは何か、考えながら教育活動をおこなっていこうと思います。


じぶんは、どう在りたいのか。

何がしたいのか。
どう生きていきたいのか。

誰になんと言われようと、変えたくないものは何か。
自分は何に怒りを感じ、その境界線はどこに引かれているのか。
自分は何に喜びを感じるのか。

自分のことをもっとよく知らなければ。
宿題のことを話す前に、私の考える宿題の定義を以下に示す。
1.教員が内容を指定する。
2.全員一律の内容である。
3.原則として家庭で行う。
4.宿題をしてこないと、何らかのペナルティがある。

まだあるかもしれないが、取り敢えず話を進める。

言いたいのは、今巷に溢れる、上記の定義に当てはまるような宿題は、意味がないから止めにしたい、ということだ。
理由は一つ。学級という多様な個人が集まりで一律の内容や手法を全員にやらせても、フィットする人間は極少数だからだ。

自分の子供の頃を思い出すと、教員にやらされる形でやる気はおきなかったし、一人一人その時に必要な学習は違うし、効果的な学習方法も違う。家に帰れば友達と遊びたいし。

逆に上記の不景気に当てはまらない学習とはどんな学習なのだろう。すなわち教員が内容を指定せず内容も手法も自分が効果的だと思われるものを選び、必ずしも放課後自宅や学童保育などでする必要はなく、やってこなくても叱られない。

本来学習とはこのような形を、このような姿を指すのではないだろうか。言われてやるんじゃない、決められたことをするんじゃない、叱られたくないからするんじゃない。自分が学びたいからやる。

もちろん教員もそんなことは百も承知だ。だからその理想に一歩でも近づくために今のような宿題が生まれたものと勝手に想像する。だが、とるべきルートを間違えていないか?
必要なのは、学びたくなるような環境と、学ぶ必要を感じさせること。それが先なのではないか?


理想論か?その通りだと思う。だが宿題を廃止し、環境整備して、子供たちに理想を語ることで、自主的に家庭学習を取り組む子供たちが増えている学級、学校が現に存在しているのだ。もちろん日本で。

どうせやるなら自主的に主体的に学ぶ子供の育てるクラスを作ってみたいと思う。

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わたくし、せどじぇは、mixiを退会いたします。
来週中にはアカウントをお返ししようと思っています。

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ではでは。
そもそも何のために教えてるか、て言う事なんですよ。日本には、教育基本法と言う法律がありまして、そこに教育の目的が書かれているわけなんです。
そして、教える内容については、文部科学省から出ている学習指導要領に基づいているわけなんです。
で、教育基本法と学習指導要領、どちらが上位かと言うと、教育基本法の方が上なんですよ。なお、上の2つのものは互いに矛盾しないように作られています。

何を今更、当たり前のことを、と思っている方もいるかもしれません。しかし、学校現場では、教科指導により力が入れられているという現実があります。教科の内容を教えることが目的化している。
だから私は、学習指導要領に沿った学習の内容を使って、教育基本法の目的に沿った教育活動を行いたいと考えています。
具体的な話はまたいずれ。