褒め褒め癒し教育のススメ。 -15ページ目

褒め褒め癒し教育のススメ。

カナダにワーホリ中のアラサー子ども英会話講師による
       
魂の癒し(ヒーリング)X認めて伸ばす教育推進ブログ

~幸せの泉が湧きだす!あなたの中の源泉(気づき)を探すヒント~

(前回の続き)~そして、カナダへ~



ずっ~と、7年間もの間、「また、絶対オーストラリアに行こう」、と思っていました。



ところが、運命のイタヅラか、エージェント探し中にあるコンサルタントにより急に心を乱されたのです。




「あなたは、何をしにオーストラリアに行きたいんですか?」




私の頭には、「海外で教壇に立つ」いう数年間に渡る夢が思い描かれていました。
そしてその場所には綺麗な海があると。



オーストラリアには友人もホストファミリーもいます。
海もあります。
授業もあります。



「あなたは、友達に会いに行くんじゃないんですよね?」



その顔には笑顔もなく口調は責め立てるようでした。




正直、もうオーストラリアに行く、という気でエージェントに行ったのに、
「なんだこの人、私の立場にもたたずまくし立てるようにいって、ヤナ感じ!」
という気持ちしかなく、
見積もりも遅くて内容が間違っていたのでそのエージェントには二度といきませんでした。




だけど、彼の言葉は見事に私の心に響き、私は比較をはじめました。




そして、授業料も物価も安く、受講期間が長いコースが有るカナダに決めたのです。





今考えれば感謝ものです。




なんたって無料で、時間とエネルギーをかけて説得して、私の決断を変えてくるださったんですから!






そんなこんなで私はティーチングメソッドを3ヶ月受けることにしたのでした。






そして、これまで色んな人に言われてきた
「海外に留学したいなら目的をしっかり持たないといけない」
という言葉が、逆に私を洗脳し、メンタルブロックをつくっていたことに気がつくのでした。





(前回の続き)



大学卒業後の進路は迷いました。

大学3年生当時の私は自分に与えられた使命はきっと、
【子どもたちへの英語教育を通して1人でも多くの子供達の良き先生となり、英語のコミュニケーション能力により自信を引き出すこと】

そう思いました。

そして、インターナショナルプリスクールの求人広告に【学生不可】とあるにも関わらず
「ボランティアでいいので働かせてください」とお願いし、週に一度通うことになったのです。

子ども英会話講師の求人広告も探しました。

でも当時は、家庭から独立して一人暮らしをしたくてたまらなかった私にとっては、
子ども英会話講師の仕事はTOEICの点数の割には薄給でした。

子ども英会話講師は、自宅で行なっている人か実家ぐらしの人が多いという実態だったのです。


私には夢がありました。


幼い頃父をなくし金銭的にはあまり恵まれていない家庭で育った私にとっては大きな夢でした。


「いつか1年以上海外に住んで、もっと英語力をあげて肌で文化を感じて、それを子どもたちに伝えるんだ!!視野の広い自分に自信のある子どもたちがきっと未来の日本を背負う


そうして、私はまず夢であった一人暮らしと留学を優先しお金を貯めることと、
海外でも役に立つスキル目的に就職活動を始め、貿易部門に務めることになりました。


お金のために始めた仕事は、始めの3年間は自己成長に満足していたので楽しかったものの、それ以降は正直言って苦痛以外の何物でもありませんでした。

会社以外でも、10代の早くから海外を飛び回っている友人たちや
外国人の友人を作ったりしていた私にとっては
周りが日本人で育った周りの人との意見の食い違いや受け止め方の違いに
笑われることにも自尊心を失い疲れ果てていました。


私の居場所はここじゃない
私は変じゃない。
私らしくいられる場所にいたい

やりたくないことに時間を費やしてまで
この仕事がしたい?

お金はどうする?
安定した生活は?
でも・・・このまま、日本にいるの?」




私は、自問自答を繰り返しました。



土日に専門学校に通い、小学校英会話講師の資格「J-SHINE」を取得したり



ボランティアで先輩の娘さんに週に1-2度英語を教えたりしていました。



まだまだ自分の思っていた金額には達しませんでした。



上司が変わり、仕事はどんどんきつくなり、
周囲の人間関係も悪化して行きました。




心に余裕など全くなく、家に帰っては何もする気力が起きずダンスだけを楽しみにしていました。
ダンスのためにはお金を使いました。当然、なかなか旅費はたまりません。



次第に、私はうつっぽい状態に陥っていきました。




過去のトラウマにも支配され、

ちょっとしたきっかけで感情的になったり

泣き崩れたりして家族や友人や彼を困らせました。


もう限界~



そう思いながら、その後の2年ちょっとはお金のために働きました。



今考えればよく頑張ったと思います。



最後の方は、鍵を閉め忘れたのではないかと昼休みに一度家に帰るほど、
精神状態はかなり参っていました。



ぼーっとしてしまったり、



やる気が全く出ない状態が続きました。



病院にはいきませんでした。



もしかしたら実はうつ状態!?であることを認めたくはありませんでした。



そして、欝の人は自分がうつになっていることに気が付かないという言葉を信じてましたから



「鬱ではないだろう」とかなりポジティブに捉えていました笑



泣きながら先輩に言いました。




「私もう無理です・・・。

私は夢を叶えたいんです」






やっと、言えた、と思いました。





それは日本を出る決断した瞬間でした






(前回の続きから)



「褒める文化と叱る文化

高校生の頃、現代社会の先生がこんなタイトルの新聞記事をクラスに配りました。

この記事の内容は、とあるアメリカにホームステイした高校生の話でした。

私は、無我夢中で読みました。

”アメリカにホームステイしてよくわかったのは、アメリカの家庭はよく褒める。
でも、日本はすぐ叱るよね。叱られるとシュ~ンってなっちゃうからうまくできない。
そしてまた叱られる。褒めて育てるか叱って育てるかの違いがあるって気がついたの”

はっとしたのです。

「そうかぁ、私が自信がないのは、ほめられたことがそんなにないからじゃないのだろうか?」

当時は、自分が変われば相手が変わることなど思っても見なかったので、
そんな発見が私の中に生まれたのでした。


そして、大学生の授業の一環で、友達に誘われてオーストラリアに行くことになりました。

今考えて見ればこれは私にとっての初めての【投資】だったかもしれません。

なんとなーく、友達に誘われなければ、行かなかったかもしれません。

でも、自分がどのくらい英語が話せるか試してみたかったのです。

海外にも行ってみたかったし、もっと英語も学びたかったのです。


【周りからの褒め言葉と自己暗示と経験が
自信と良いパフォーマンスを生む】

自慢するわけではないのですが、結果は驚きでした。
話せるのです。
海外に行ったことも英会話教室にもいったことがない私がペラッペラっと。
驚きでした。
そしてのちのち私は、卒業論文で【日米の教育比較】
研究することになります。


「自分なら、こんな教育はしない」


もとは、こんなネガティブな他者への依存から来た思いでした。


私は怯えていました。


先生から、他人からどう思われるのか。


そして開き直っていました。


「どうせ私はダメなんだから。」



今でこそ誰もが完璧ではないことや、
教育に問題があるから、ということはわかっているのですが、
問題に直面している最中というのは余裕がなくネガティブなものです。


親、兄弟、先生、コーチ、上司・・・いわゆるメンターとなる人たちからの
相手の立場に立たない発言や態度に対して私は執着していました。

ネガティブなエネルギーへの執着は、私を怒らせたり怯えさせていました。

緊張して手が震え、
作業に集中できないのです。



子供の頃、私は周りの目が気になっていました。
とてもネガティブでした。


私は自分に対して自信がありませんでした。



それを何かのせいにして、不平不満ばかり漏らしたり、
人に言葉の刃をを向けたり
存在を否定したりして
そうして自分を守っていました。


自分が大嫌いで大嫌いで仕方なくて
自分を大好きになりたくてとっても苦しく10代まで過ごしていました。


どうやったら自分を好きになれるのか
長所なんて、
私にとってはあってないようなものでした。


ここは私の居場所。守ってくれる人がいる。
その時は、そう安心できる場所さえなかったのです。



あとから大人になって気がついたこと。
・・・気が付かないうちに、心は孤独になっていたようでした。
それは、気が付かないうちに私のメンタルブロックとなっていたと思います。

けれど1つだけ、自分に自信をくれたものがあります。


私は英語が好きでした。

唯一私を褒めてくれた先生は、英語の先生でした。
私にとってはこの先生の授業だけが楽しく過ごせる唯一の授業でした。

歌やゲーム、フォニックス(発音練習)。
きっと他の学校に言ってたらRとLの発音の違いも
ビートルズも、あまりわからなかったでしょう!
とにかく楽しくて仕方なかったのです。

それはテストでクラスで一番をとった時でした。

自信など全くなく、クラスでも「どうせ私は早生まれで頭も悪いし成長も遅い」
とか思っちゃってた私にとってテストで一番を取るなんて、思っても見ないことでした!

まして、暇さえあれば外国人の真似っ子ごっこをしながらテキストを音読し、
ビートルズやカーペンターズを歌いながら
超楽しんでたので期待など全くしていなかったのです。

「まさか!」の結果でした!

英語ができることを、皆がすごいといってくれました。

私は英語を話せるようになって自信をもらいました。

そうして少しずつ、「私にもやれば出来るんだァ!」という日々の成功体験を感じながら

色んなことにチャレンジして、褒めてもらって、
自分なりに自信が持てるようになっていったのです

(つづく)


こんにちは、日本はお昼ですね!


バンクーバーは曇り空の午後です。

このブログから何回かに渡り、

このブログを通して伝えたい私のビジョンについて話をします


単刀直入にいいます。

私のビジョンは、

魂の癒し(ヒーリング)と教育を通して
人々の気づきを促し、愛の溢れる世界へ近づける


ということです。


過去を振り返れば、うまくいかないことがあるといつも私の心には

教育の姿が変われば
きっともっと一人一人が輝けるはず!!

という思いがありました。


もっと愛にあふれる教育の仕方へ変われば
自然に愛が育つはずなのです。
なぜなら、ソレが当たり前の世界になるからです。

そう、バンクーバーみたいに。

(バンクーバーかぶれに聞こえてしまうかもしれませんが、
良いところは真似したいですね、という意味です。
素晴らしいメンターは人だけではないですよね。)


一人ひとりが変われば、社会全体が変わるのは当り前のようですが
ある一定の限度を超えると人々の常識が変わるのは脳科学的にも
証明されていることです。


近所の人と挨拶しないことが普通になった街
家族を顧みずせっせと働く夫婦
見つからない保育所に
鍵っ子の子どもたち
青少年の非行・犯罪
うつ病の大人たちに
うつ病や自律神経失調症を見る世間の目
自殺率がダントツで高い国
異国感の争い
戦争・・・・


これらは、一人ひとりが、お互いを思いやり

尊敬し合い譲り合い与え合う愛の心を

日々意識して過ごしていけば

少しずつでも一歩一歩変われる気がしませんか?


(つづく)