私に声をかけてきたのは、コワーキングを運営する会社の社長…つまり私の勤める会社のクライアント様だった。
社長とは今まで、Zoomミーティングで画面越しにしかお話したことはなかったけれど、口髭がお洒落なおじさまで、実際にお会いするととても覇気を感じる人だった。
「藤宮さんだよね?来てくれたんだ」
「はい。対面では、はじめまして。
いつもお世話になっております」
「…彼は?彼もTCCの人?」
社長が隣にいる彼に目をやってから、同僚なのかと私に確認をした。
「いえ、たまたまエレベーターで一緒になって…」
「こちらのお客様にはこれから、ご利用案内を詳しくご説明するところです」
私の言葉に、案内してくれた女性が補足をしてくれる。
社長はなるほどと男性に向き直り簡単に挨拶したあと、
「藤宮さん、ついてきて」
と私を促し歩き出したため、エレベーターで一緒になった男性とは、ここで別れることとなった。
社長はかなりサービス精神がある人のようで、リクライニングチェアに座らせてもらったり、スタッフの休憩ルームを見せてくれながら、コワーキングオープンまでの苦労や工程を色々話してくれたりと、その後はとても楽しいオフィス見学第2弾をさせていただいた。
書類上で見ていたものを実際見学させてもらえた私の感想を少し興奮気味に話したり、お互いの会社の話や、今日来れなかった上司の話などをして社長とは和やかに盛り上がり、クライアント先との友好関係を保つことには十分貢献できたかなと思えた。
「そういえば、一緒に見て回った彼には名刺渡したの」
そろそろお暇しますと私が声をかけ、見送りに出口まで一緒に向かっている際に社長が、唐突にそう尋ねた。
「渡してないです。何でですか?」
「きっと彼、これから会社を立ち上げるとか、まだスタートアップでしょ。今から売り込んどけば?
せっかく藤宮さん来てくれたんだから、今後に繋がるお土産持って帰ってもらわないと」
「たまたま一緒に見学しただけで、詳しいことは伺ってないんですよ。もう既にどちらかと顧問契約しているかもしれないですし」
「なるほど?」
「あの方が社長のところでオフィスを契約されて、色々お話があった際にはお繋ぎください」
「了解。TCC(私の会社)にはお世話になってるからね」
社長はそう言いながらニヤリと笑った。
「こちらこそです。今後ともよろしくお願いします」
実際今までも、オフィスの契約に来たお客様を社長がうちの会社の新規法人設立部門に、何度かご紹介いただくことがあった。
上手く条件が合うとは限らないのだけど、そうやって話を持ちかけてくださるのは、とてもありがたい。
そんな話をしているうちに、私たちはコワーキングから出てエレベーター前まで到着していた。
ちょうどエレベーターの扉が開いた頃、
「乗ります!」
という声と共に、コワーキングの方から噂の彼と、案内係の見送りの女性が小走りで来た。
私はまたしても、ちょうど到着したエレベーターに彼と2人で乗リ込むことになった。
「足をお運びくださり、ありがとうございました」
案内係の女性がエレベーターに乗り込んだ私たちに向かって丁寧に頭を下げた。
「今日はありがとうね」
社長はニヤリと私に笑って片手を振る。
そして扉が閉まりはじめた際には彼に名刺を渡せというジェスチャーを大げさにしだして、私を笑わせた。
完全に扉が閉まり、
エレベーターがゆっくり下降し始めた。
つづく
