パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photoartist】 Takahisa Furukawa -135ページ目

パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photoartist】 Takahisa Furukawa

◆ピラティス・マスターストレッチ・ウェイトトレーニング
◆ポルトガル写真、東京浅草写真

少し前になりますが、

とあるサッカー関係者の方のツイッターで、

こんな画像を拝見しました。

 

 

パコ・セイルーロ氏とは

スペインのFCバルセロナ・ファーストチームの

元フィジカルトレーナーで、

現在は育成部門のメソッド責任者。

長年フィジカルコーチとして、

クライフやグアルディオラとともに

仕事をしてきたわけですが、

御年70歳を超えた方が

このようなことをおっしゃっているところに、

そもそもの日本との土壌の差を感じてしまう。

 

古くは軍国主義のイデオロギーや

鎖国という内向きな社会構造が

どこまで影響してきたか分かりませんが、

ふた昔、三つ昔前まで

日本では特に学校単位の中で

体罰が普通に存在していました。

今でこそ保護者や世間の目も厳しくなり、

こういった問題はあまり聞かなくなりましたが、

それでもアメリカの人種差別が根深いように、

肉体的だけでなく、

精神的なものを含めた体罰が

なくなることはまだまだ先か、

完全になくなることはないのかもしれません。


体罰は世間的に見てというのは言うまでもなく、

子供たちや選手たちからしても

完全にアウトなのですが、

体罰そのものに

定義があるわけではありません。

そしてそれによって子供たちや選手たちが

後々抱えてしまうかもしれない、

いわゆるトラウマの大きさも、

それぞれ受け取る側がどう受け取るかで

変わってきます。

大人に無視されたり

軽く平手打ちをされただけで

大きなトラウマとなって引きずるものもいれば、

重症化するほどの暴力を受けても

あっけらかんと当時を振り返るものもいる。

体罰を行ったものが

その大小を決めるのではなく、

受けた側の、性格の強さ弱さではない、

感じ方によってそれは決められる。

だからこそ体罰と言えるものは

全てアウトなわけですが、

これは大人や指導者側が

そのイメージを持てなければなりません。

 

私も中学の頃に所属していたサッカー部で

こういった類の経験をしていますが、

当時のサッカー部の顧問

(コーチとは言えない、

 サッカー部を担当していた、

 サッカー経験者の、ただの数学教師)や

人の夢と希望を馬鹿にした人間を

今も決して忘れることはない。

 

恨んでいるとかではなく、

トラウマとはそういうもので、

選手がプレーすることにおいて

外部から意図的に課せられる恐怖は

何の解決にもなりません。

恐怖は失敗をなくすことを最優先にし、

創造的な思考を停止させ、

プレーする意欲や希望まで奪ってしまう。

 

学校の部活、

あるいはクラブチームの指導者が

どれだけ上画像のことを

意識出来ているだろうか。

選手のその後のメンタリティーへの影響を

どのくらいイメージ出来ているだろうか。

 

自分のその日の機嫌の左右を

子供たちや選手たちにぶつけるのは

問題外の外として、

指導者が大きな声を張り上げるのはいい。

時としてチームや個人を鼓舞する意味で、

そういった状況はあるかもしれない。

ただ、そこに明快な意図はあるだろうか。

根拠を持って、チームや個人に

強い言葉を投げかけているだろうか。

 

冷静に感情や状況を整理、把握出来ず、

イマジネーションが欠如した指導者によって、

子供たちや選手たちの意欲や希望が

削がれ、奪われることがないよう、

切に願います。