パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photoartist】 Takahisa Furukawa -121ページ目

パーソナルトレーナー/写真作家 古川貴久 【Personal Trainer / Photoartist】 Takahisa Furukawa

◆ピラティス・マスターストレッチ・ウェイトトレーニング
◆ポルトガル写真、東京浅草写真

以前、読売ジャイアンツの一員だった

清原和博さんが、

所属中かチームを去った後だったか、

読売ジャイアンツについて

こんな発言をしていたのを覚えています。

 

“チーム名に軍が付くのは

 巨人軍だけですからね。

 軍隊ですよ・・・”

 

今年3月に行われたプロ・アマ交流戦で、

巨人のニ軍が早稲田大学に敗北し、

監督が試合後、

選手に罰走を課したことが話題になり、

最近、また改めて

ネットで記事になっていました。

 

旧態依然の指導法が

当時も物議を醸しましたが、

本来、新しいとか古いとか、

論点が違うのではないでしょうか。

スポーツ=体育という概念が

長く根付いてきた日本の内部で、

その指導法も

イコールとなっている部分において

新しいか古いかで

語られてしまうのかもしれませんが、

本来、合理的か否か、

科学的か否か、

その点で論議されるべきです。

負けた原因を探り、必要な要素を分析して、

それを獲得するための

技術練習やフィジカルトレーニングを課す。

これが指導のあるべき姿のはずです。

そもそも、罰走など、指導とは言わない。

決定権と責任の所在はどこにあるのか。

どの世界でもそうだと思いますが、

物事の最終的な決定権を持つ人間が

有事の時の責任を負わなければなりません。

チームスポーツの試合の決定権は

監督にある。

この巨人のニ軍監督は、負け試合の罰として

選手に罰走を与えたのなら、

例えば監督本人も自分自身に

罰走を課しただろうか。

選手以上の責任を感じ、

選手の倍の罰走をするぐらいの

気概を見せただろうか。

 

影響は他にもあります。

プロ野球は当然、日本野球界のトップで、

鏡となるべき存在。

そのプロ野球の人気球団において、

負け試合の後で罰走を行っているという

事実がアナウンスされることで、

それに賛同してしまう無知な指導者が、

何の疑念も抱かずに同じことを

今の少年少女たちにやらせてしまう。

罰を設けられると、

罰を受けないための意識が働き、

罰を受けないためのプレーを

選択するようになる。

そんな環境下において、

想像力の豊かな選手は生まれるだろうか。

罰で脅してパフォーマンスを上げるというのは、

一般的、普遍的なやり方ではないし、

指導者の能力としても、

著しく狭く、偏っていて、短絡的だと言えます。

長く蔓延る精神論、

根性論は不要ではないが、

スポーツは軍隊とイコールではない。

そこが最優先に選択される指導法、

プログラム下においては、

進化も進歩も限定的になる。

 

このニ軍監督は報道を受けて、

二軍に来たくないと思わせるぐらい

また罰走をやらせて賛否両論になればいい、

といった発言をしていますが、

指導者自身が変わらなければ、

資金力任せ人気任せ選手の能力任せが

通用するのはセ・リーグの内部のみで、

さらに資金力が豊富で

選手の自主性と自由な発想を尊重する

パ・リーグのチームには到底かなわない。

パ高セ低の時代は

しばらく続くことになるのではないでしょうか。