2011年3月11日。
東日本大震災から丸8年になります。
毎回、毎年の言葉ですが、
被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。
東北出身の私にとっても、
特別な思いを抱かずにはいられない、
大きな一日です。
この震災から継続して取材をされている
フォトジャーナリストの安田菜津紀さんの記事で、
こんな内容のものがありました。
岩手県の陸前高田市であの大津波の中、
7万本もの松林から唯一耐え抜いて生き残った
当時“奇跡の一本松”としても話題になった松の木を、
安田さんも“希望の松”として新聞に掲載されたそうなのですが、
義父でもある被災者の方の言葉にハッとさせられたそうです。
その場に暮らしてこなかった人間にとっては
希望の象徴に見えるかもしれない。
けど毎日そこで過ごしてきた自分にとっては、
波の威力を象徴するもの以外の何物でもない。
7万本が1本しか残らなかったのか、と。
この記事を読んだ時、
ふと小泉政権の時に北朝鮮から帰国した
拉致被害者の方々の顔を思い出しました。
世間は帰国を喜び、
本人たちもようやく日本に帰ってこれたのに、
誰一人笑顔がない。
もちろん、
まだ北朝鮮の監視がある中だったことは容易に想像出来ますが、
それよりもまだまだ帰国出来ずにいる
他の拉致被害者の方々の事も心にあったはず。
それぞれの立ち位置によって
見方、感じ方、捉え方は全く変わってきたりします。
一方通行ではなく別の角度の見方はどうか、
自分自身に問いかける。
残された人間、
生きている人、
生きてしまっている人、
それぞれがどう考えるのか。
風化させてはいけない。
馬鹿の一つ覚えのように言うのは簡単です。
生きていくのなら、どう生きていくのか。
この日を迎えるたびに特別に、強烈に考えさせられます。
Igreja do Carmo, Lisboa, Portugal.
