初めに言っておきますが、死というものを私の観点で語ります。
死についてあまり深く関わりたくない方は見ない方がいいです。

このゲームは本当に「死」ということをテーマに、真面目に書かれています。
私もその分真面目にレビューしてみようと思います。

因みに、書いている途中で私語が入って、敬体じゃなくなることも有ります。
それは私が真面目に語っていることだという証拠なので気にしないでください。(ぁ



プレイ後、正直、かなり辛かったです。
胸が苦しかったです。

妹の命が後少しで、残った時間で出来ることを考える時間も無い…。

時間はあっという間に過ぎていく…。

「昨日出来なかったことは、今日出来るようになっていた」

「生まれた日と、死んだ日は同じくらい優る」

「残されていく者と、死にに逝く者の存在に無意味が有ってはならない」

私から言わせれば、加奈は立派だった。
自分の余命も悟っていたのにも関わらず、ちゃんと死というものと向き合って、考えていた。
命の尊さ、貴さ、大切さ…。

この作品から学んだ物は計り知れないくらい多い。

まだ、幼い自分には大きすぎる荷物の様にも思える。

叔母は乳ガンの末期。
最後は加奈と同じ死に方。

人はいつかは必ず死ぬ。
それは定めであって、変えられないこと。
例え一人だけ、冷凍冬眠で五百年眠って、起きたときには、幸せなものは無くて、あるのは死だけ。
何故でしょう?やっぱり、その人にはその時代の環境にしか適合出来ない所があるから。
今を生きることが大切なんじゃないのか…。

やっぱり、そう言う風に、乳ガンとかで人生の半分も生きていない人が死ぬっていうのは、そういう宿命を背負っているからじゃないのか…。
完璧な人間は存在しない。
だから、自分は今を生きるしかない。
例えいつかは死ぬとしても、死んでいったもの、子孫、末裔に対して残していくもの、残されたものを大事に使わなければならない。

誰でも、死を恐れる。
死の恐怖をまっとう出来る人なんてそうそういない。
誰でも怖い、誰でも生きたい。

「全てをやり終えた人間は、死の恐怖を克服する力を手に入れることが出来る」
全てをやり終えた人間なんていないんじゃないのか。

でも、加奈はそういう宿命を背負っていた。
だから、その宿命の時間の中で、今自分の出来ることを必死に考えていた。

それが日記だ。 (知的第3エンド

加奈は逃げ出さずに、死というものを真っ直ぐ見つめて、考えた結果は全て日記にある。

と、まぁ全然いつもの私と違うのですが…。
これは正直真面目に語ったものです。

こういう物を、今の青年達に読ませたらどうだろか…。

青少年犯罪なんて、減るはずでしょう。
非行に走る青年なんて滅法減ると私は思う。

減るか減らないかはわからないが、命の尊さを十分こういうものを見て理解して欲しい。

もし、妹がいるなら尚更だ。

私には妹がいるから、主人公と少し似ていた。
だから共感出来る部分も多々有った。
だから、その分辛いし、どれだけ痛かったかも、少なからず理解出来ることが出来る。

加奈にとっての小さな感動、小さな思い出、それはプレイするユーザーにとって些細なことだ。

でも、ずっと病院で過ごした人間は、些細な思い出も、ちゃんと覚えてる。

これは病院で入院している患者にとっては、共通する概念です。

だから、その分死ぬ際に、悔いが残ってしまう…。

私は今まで好評で泣けるテレビ、アニメ、小説を見ましたが、それで泣いたことが一度も有りませんでした。
心の中では泣きますけど(ぁ

私が泣かないのは私の心が冷酷だからなのです。

しかし、このゲームをやって号泣しました。
グッとこみ上げてくる涙を止められないのです。

死と向かい合う勇気がある人はプレイすることを強くお勧めします。
ゲームは娯楽だ。という人にはあまりお勧め出来ません。

人の感受性は千差万別なので、これは私の見解ですが、これ以上泣けるゲームは存在しないと思います。
家族計画も、君望も、AIRも、kanonも…泣けるもの一通りやりましたが、これ以上泣いたゲームは無いと思います。(これから出会うかも知れませんが