
「ブリティッシュ・ロック誕生の地下室」を地下室で見る!
いや、今回鑑賞したUPLINK吉祥寺が、単に地下 (B2F) にある映画館だからです。
実はこの映画、観るのは2回目。 9月に開催されたピーター・バラカン音楽映画祭で上映され一度観ています。詰め込まれた情報が多く1回で消化しきれなかったんですね。映画祭では23本の音楽映画が上映されましたが、その中でも好評であった作品。 チケットも良く売れたとのこと。
そんなわけで再度 公開となりました。 都内ではヒューマントラストシネマ渋谷でも上映されています。 日本初公開 字幕監修はピーター・バラカンさん自身が行っています。信頼の映画ですね。
ブリティッシュ・ロック誕生の地下室 (2021 / イギリス)
(原題:BRITISH ROCK BORN IN A BASENENT)
● 制作・監督:ジョルジオ・グルニエ
❍ 出演:ジンシャー・ベイカー / ジャック・ブルース / エリック・バードン / ピート・タウンゼント / ポール・ジョーンズ / ジョン・メイオール 他
ブリティッシュ・ロックに興味のある方には薦めたい映画ですが、そうでない方が楽しむには少々の予備知識が必要となる映画です。 ”ブリティッシュ・ロックの歴史 ~誕生とその背景" といった内容。 ちょっとお勉強みたいなところがあるドキュメンタリーです。インタビュー中心で構成されているのですが、その量が多いのでスムースに消化していくのが大変なんですね。
ブリティッシュ・ロックの源流にあるのはブルースです。 その本物のブルースマンをアメリカから呼び寄せたのが、クリス・バーバー。 この人はトロンボーン奏者 / コントラバス奏者でジャズの人です。1958年にマディ・ウォータースを招聘。 いきなり本物中の本物をイギリスに呼んだわけですね。
それは本物のブルース演奏に生で触れたことのなかった、当時のイギリスのミュージシャンたちに大きな衝撃を与えたとのこと。 当時イギリスに呼ばれ演奏したブルースマンたちは、マディの他にビッグ・ビル・ブルーンジーやサニー・テリー、ブラウニー・マギー等。 アレクシス・コーナーやシリル・デイヴィス等の英国勢は、時に彼らとステージで共演し、本物のブルースを吸収していったとのこと。とりわけシリル・デイヴィスは、マディ・ウォーターズのディープなブルースに心酔していたようです。
シリル・デイヴィスは当初はアレクシス・コーナーのバンドにいましたが、ジャズ寄りであったアレクシスとはやがて袂を分かつことになります。 しかしながら、アレクシス・コーナーだけが 「ブリティッシュ・ブルースの父」 と言われるのは、ブルースに傾倒する若いミュージシャンたちを自らのバンドのステージに上げて歌わせたりする度量、というか面倒見の良さから来ているようです。 慕われていたんですね。
その中にはエリック・バードンやまだ10代であったミック・ジャガーもいたという事です。 若き日のミックが、イーリング・クラブで歌う貴重な写真が残されています。そのイーリング・クラブという、イギリスで初めてR&Bクラブであることを自称したロンドン西部地区イーリングにある小さな店が、映画のタイトルにある "地下室" です。 それまでダンスホールであったクラブが、R&Bクラブとしてスタートしたのは1962年のことです。

* ミックの隣で座ってギターを弾くのがアレクシス・コーナー、ハープを吹くのがシリル・デイヴィス。
映画は、当時のイーリング・クラブを、ジャック・ブルースやジンジャー・ベイカー、エリック・バードン等が回想する形で進行していきます。皆が口を揃えて、汚くてジミジメした汗くさい店であったと証言しています。 雨が降ると通りからの雨水が店内に水漏れとなって落ちてきた、という証言もありました。 まるで禁酒法時代のアメリカの、ギャング映画に出てくるような潜り酒場のようだった、という証言もありました。 ブリティッシュ・ロックが産声を上げた店は、そんな店であったわけです。すごい話です。
ジャック・ブルースが、イーリング・クラブをストーンズ誕生の地だと言うのは、ミックとキースがブライアン・ジョーンズと店で出会い、やがてストーンズ結成に至ったからです。 チャーリー・ワッツに関しては、すでにアレクシス・コーナーのバンドでドラムを叩いていたので、キャリア的には少し上だったようです。
これは映画では語られていませんが、有名な話としてミックとキースの邂逅があります。 幼い頃からの顔なじみではあった2人は、まだ10代の学生であった頃に通学駅であったダートフォード駅で再会。 この時にミックが抱えていたチャック・ベリーとマディ・ウォーターズのレコードに、キースが興味を示したことにより親しい友達関係になったという話です。 ふたりは10代の頃から、黒人音楽という共通の趣味があったわけですね。

ふたりはイーリング・クラブでブライアン・ジョーンズのスライドギターの演奏に衝撃を受けます。 3人はやがて、ロンドンのチェルシーに共同で部屋を借りて一緒に住むようになります。 生活が音楽と共にあった下積みの時代です。そう言えば、3年前のローリング・ストーンズ展で、3人が共同で借りたアパートの部屋を再現した展示がありました。あれにはちょっと感動しました。
話がそれました。ローリング・ストーンズというバンド名は、ブライアン・ジョーンズが、マディ・ウォーターズの曲名である 「ローリング・ストーン」から取って命名したものです。これはストーンズ・ファンであるなら誰もが知っている話ですが。 映画では、マディ・ウォーターズのイギリスにおける演奏が、演奏者たちの大きな転換点になったと言っています。シカゴ・スタイルのバンド・ブルースが、ロックの原型と言われるのはそんな所からも来ているわけですね。
ストーンズファンなので、どうしてもストーンズ中心の記事になってしまうのですが、映画ではピート・タウンゼントのギター壊しのエピソードなど他にも面白い話がいくつもあります。あまりに長くなるのでやめておきます。上記記事にした内容ぐらい予備知識として持っておけば楽しめる映画だと思いますよ。
THE ROLLLING STONES / Around And Around
映画では、1965年のNMEポール・ウィナーズ・コンサートでのこのライヴ映像が使用されています。 これはチャック・ベリーの曲。初期のストーンズは、こういったロックン・ロールやブルースを好んで取り上げています。ミックのステップに注目ね ☆ ムーンウォーク!
ひとつ重要な話として、当時のイギリスの社会状況を語る場面がありました。第二次世界大戦が終わって10数年、若い世代たちが大人たちの古い価値観から解放され自由に楽しみたいという空気が社会にはあったと。 それがロック世代の台頭と無関係ではないという事です。 1960年の徴兵制廃止も社会変革の後押しとなった、と映画では語っていました。
映画では、ビートルズの話はまったく出てきません。 距離のあるロンドンとリバプールでは、アメリカからの音楽の入手経路の違いもあっただろうし、ロックン・ロールの発展の仕方にも多少の違いがあったと思います。 そのビートルズにしても、船員たちにアメリカのR&Bのレコードを買ってくるようにお願いしたりと、大変な苦労をして好きな音楽を入手し、自分たちなりの消化をして、新たな音楽を作り上げていったわけです。 そこに情熱が生まれるわけですね。
何でも簡単に、どんな音楽でも手に入る現代のアーティストたちは果たして幸せなのだろうかと。映画を観てそんなことも考えてしまいました。
