リンダ・ロンシュタット | Get Up And Go !

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リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス
(原題: LINDA RONSTADT THE SOUND OF MY VOICE)

● 監督: ロブ・エプスタイン & ジェフリー・フリードマン
○ 出演: リンダ・ロンシュタット / ジャクソン・ブラウン / ボニー・レイット / エミルー・ハリス / ドリー・パートン / ライ・クーダー / ドン・ヘンリー / ピーター・アッシャー / カーラ・ボノフ / デヴィッド・ゲフィン

(2019年 / アメリカ)


現在公開中の映画 『リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス』 を、新宿シネマカリテにて観てきました。 かつて「ミス・アメリカ」「国民的歌手」とまで言われたリンダ・ロンシュタットの、輝かしい足跡をとらえた音楽ドキュメンタリー映画です。

リンダ・ロンシュタットの半生を、現在の彼女自身のナレーションと、音楽仲間たちのコメントによって紹介していくという、そういった構成によって物語は進んでいきます。幼少時の写真や珍しい初期の頃の映像、全盛時のライブ映像などもあり、音楽映画として楽しめる内容となっています。





楽しみにしていた映画です。70年代 アメリカの音楽シーンは、女性シンガー / シンガー・ソングライターが脚光を浴びた時代です。アーティスティックな魅力が先行して語られるのは、シンガーソングライターであるキャロル・キングやジョニ・ミッチェル等ですが、リンダ・ロンシュタットの場合は、あくまでもシンガーに徹して人気を集めたひとです。

映画の中では、同時代に活躍したボニー・レイットが言っていたことですが、“歌姫” という言葉が最も相応しいひとなのではないかと思います。愛くるしい顔立ちで歌う、その立ち姿はとても魅力的で、やはり「ミス・アメリカ」と呼ぶにふさわしいのかなと。

ラジオを通じて洋楽を聴くようになった10代前半の頃、全米チャート上にはリンダ・ロンシュタットの曲は常にありました。次々にヒットを飛ばしてスターダムへと駆け上っていた時代です。当時の音楽雑誌を引っ張り出して写真を見ると、Tシャツにジーンズ、あるいは短パン姿のものが多く、西海岸的な自由さに溢れたシンガーといった印象です。そして佇まいがナチュラルなんですね。



It's So Easy (1977)
オールディーズ・ソングのカバーです。全米最高位5位


個人的には、リンダ・ロンシュタットと言えば、ポップにロックに弾けていた70年代の楽曲か強く耳に残っています。「ザットル・ビー・ザ・デイ」「イッツ・ソー・イージー」「ダイスを転がせ」などのポップロック調の楽曲です。歌にパンチがあって気持ちいいんですよね。「イッツ・ソー・イージー」なんかは、当時の学祭でアマチュアバンドの多くが演奏していたんじゃないですかね。割と演奏しやすいんですよね。


リンダ・ロンシュタットの歌う楽曲は、とにかく幅が広いのです。カントリー、フォーク、ポップ、ロックを歌った70年代から、80年代以降になると、アメリカンスタンダード、メキシコの伝統音楽、さらにオペラにも挑戦。90年代には子供向けのララバイソング。このあたりのジャンルとなると語る言葉を持ち合わせていないのでパス。今回はポップ・シンガー時代のリンダで行かせてもらいます。



Blue Bayou (1977)
リンダ・ロンシュタットのバラードの中では、最高の曲のひとつです。 全米最高位3位。


1980年リリース、10作目のアルバムとなる 『激愛 (Mad Love)』 は、リンダ・ロンシュタットのアルバムの中でも意欲作と言えるのか。あるいは異色作なのか。パワー・ポップに挑んだアルバムです。

エルビス・コステロの作品を3曲も収録し、ニール・ヤングの曲も歌っています。シングル・カットされた 「How Do I Make You (お願いだから) 」 は、当時のニューウェイヴを意識したものです。全米10位のヒットとはなりましたが、離れたファンもいるかも。何でも歌えて演じてしまうリンダの本領発揮とも言えますが。



How Do I Make You (live 1980)
カッコいい! 全米最高位10位。

1989年のアルバム『Cry Like A Rainstorm, Howl Like The Wind』に収録された、アーロン・ネヴィルとのデュエット曲「Don't Know Much」が全米2位の大ヒット。グラミー賞ポップ・ヴォーカル・デュオを受賞しています。リンダ・ロンシュタットは、アーロン・ネヴィルとデュエットすることによって、ポビュラー歌手としてのある領域を突破したのではないでしょうか。具体的には上手く表現出来ないのですが。

89年、グラミー会場からの中継で聴いた、この曲でのふたりのパフォーマンスは素晴らしいものでした。今 振り返ると、この時がリンダ・ロンシュタットのキャリアの最高到達点にも思えます。  

リンダ・ロンシュタットのコンサートに行く機会はありませんでしたが翌90年、東京ドームで開催されたジョン・レノンのトリビュート・ライブで、彼女の長年のプロデューサーであるピーター・アッシャーとのデュエットで歌う 「All I've Got Do」を聴くことが出来ました。これが彼女の生の歌を聴くことが出来たただ一度の機会です。



Don't Know Much (1989)
現在ではデュエット・ソングの名曲のひとつとなりました。全米最高位2位。


映画の最後で、家族とともに過ごす現在のリンダ・ロンシュタットが映し出されました。90年代半ばに発症した甲状腺の病気によって次第に声のコントロールを失い、2011年に引退を余儀なくされたとのこと。

三人娘と言われた同年代の歌手、ボニー・レイットやマリア・マルダーが現役で歌っていることを考えると、彼女にとっては酷なことです。歌うことが人生であった彼女から歌を奪うとは
音楽の神様も時に残酷な仕打ちをするわけです。