『レナードの朝』 という、1990年のアメリカ映画をご覧になった方はきっと多いかと思います。 名作ですからね。 オリヴァー・サックスという神経科医の、同名の医療ノンフィクションを映画化したものです。原題は「Awakenings」となっています。
1920年代に流行った、嗜眠性脳炎という謎の病気によって眠りについてしまった患者たちが、開発された新薬を投入されることによって何十年ぶりかで目を覚ますという映画です。その前後の症例を描きながら物語にしています。
作者・オリヴァー・サックスの著作を読めば、事実と違う部分も確かにあります。 ですが映画と同じように投入薬によって、多くの患者たちが69年の夏に覚醒し劇的に改善し、そして激しい副作用にも襲われ、やがて耐性がついて薬が効かなくなり、また眠りについてしまうという内容に概ね違いはありません。
原作ではレナードだけではなく、他の患者の症例についても詳しく書かれています。 そして目覚めたあとの症例にはそれぞれ違いがあるということです。 映画がそうであったように、患者への視点に優しさが見られ、病気への興味ばかりでなく、作者の人間的な魅力も感じさせることによっても、読み進むことの出来る医療エッセイです。
劇的な改善というのは、1969年夏の出来事なんですね。映画の中では、アポロ11号によって、同年の7月20日に人類として初めて月面に降り立ったニール・アームストロングの写真であったり、それまで大リーグのお荷物球団であったニューヨーク・メッツの、ミラクル・メッツと言われた69年の快進撃の話題も登場します。
映画の中では、反戦活動でビラを撒く人たちの場面や、ウッドストックを象徴するジミ・ヘンドリックスの曲も使用されています。「69年の夏」が、テーマとして潜んでいるんですね。 つかの間の人間らしさを取り戻した患者たちの夏を、「69年夏の奇跡」 と言う言葉で語っています。
「ウッドストック・フェステイバル」は、出演を断ったアーティストもいます。有名なところでは、ボブ・ディラン、ドアーズ、そしてビートルズも断ったということです。 ビートルズは69年7月、8月は、あの 『アビーロード』の録音をしています。
この頃になるとメンバー4人は、それぞれの道を歩み始めバラバラであったそうです。 昨年亡くなったアビーロード・スタジオのエンジニア、ジェフ・エメリックの著書 『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』には、録音時のメンバーのやり取りが書かれていてとても興味く読むことが出来ます。
違った方向を向き始めたメンバー4人が、それでも結束を見せた瞬間もあり、そのときにはビートルズというバンドの底力を感じたそうです。 著書の中では、 「ビコーズ」 と 「ジ・エンド」 の録音時に 「極上のビートルズであった」 と記しています。
「ジ・エンド」。 アビーロード・メドレーの最後に位置する曲です。 ビートルズ・ナンバーの中では唯一にして最後となったリンゴによるドラム・ソロの後、ジョージ、ポール、ジョンによってギターバトルが展開されます。アルバム 録音中、ポールとマーティンのコンビによる仕切りを嫌ってか、やる気を見せなかったジョンが、このバトルを提案したのだそうです。 このときは気合いが入っていたんですね。
「ジョン、ポール、ジョージは時間をさかのぼり、まるで少年時代のように一緒に音楽をプレイする喜びにひたっていた」 「ソロを弾いていたとき、一緒にプレイするのはこれが最後になると彼等はわかっていたのかもしれない」。
そして 「このセッションは、69年夏のハイライトだった」 と、ジェフ・エメリックは著書の中に記しています。
『アビーロード』もこの秋、発表から50周年となります。 69年に起きた出来事は、今年すべて50周年となるんですね。
1969年の夏は、時代を象徴する出来事が重なって起きた季節です。それぞれの出来事には、何かのつながりがあるようには思えませんが。 ユングの唱える「共時性」 といったものと関係があるのか。 この季節だけ天から何かが舞い降りたのか。 何か意味のあることであったのか。 少し考えてみたいと思います。


